さいごに何食べたい?で考えた
お友だちのくまさんが初企画「さいごに何たべたい?」を開催中だ。
すでにたくさんの参加記事が上がっていて、興味深く読み進む。
笑いを誘われたり、ふっと考えさせられたり、自分はどうかなって、書く意欲を刺激される。
そんな中、おだんごさんのnoteで立ち止まった。
家族の生きてほしいに応えるために口を動かすこともあるのです。
食べないことは不幸ではない。
食べたくないことは諦めではない。
おだんごさんのこの言葉。
長男の事を思う。
胃ろうになり、口からは一切食べなくなって、5年半になる。
それまでは、盛大にむせながらも、なんとか口から食べていた。
二十数年間の食事介助は、私にとっては憂鬱だった。
偏食がひどく、何かのきっかけで機嫌を損ねると食事は中止。
私は食事時間には、内心いつもピリピリしていた。
あんなにむせながらも食べていた長男がどれほど辛かっただろうと思うと、いたたまれなくなる。
母親は、食べてさえくれれば「ああ、大丈夫」と思ってしまう生き物だと思う…少なくとも私はそうだった。
それを敏感に感じ取っていたのか?
今書いていても心の中で泣いてしまう。ごめんねごめんねごめんね・・・
好きなものはあった。むせるのにポテチとか、ラーメンとか。
ある年は、3か月間くらいずっと毎日毎食、サツマイモとアンパンと牛乳だった。
たこ焼きだけは食べる、っていう期間もあった。
それから、食パンを牛乳に浸してとろけるチーズをのっけてレンジしたもの。これはむせにくかったのか食べてくれて、よく作った。
ただ、この好きなものも、当たりはずれがあって、ひどい時は
思いつく食べそうなものを目の前にずらっと並べて、どれを欲しいのか、表情を見ながら探した。
訳がわからなくなった。
夫はいまだに、長男の食事の大変さを思い出すようで、胃ろうになった今ほっとしている。長男もむせて苦しそうだったし、あれかこれかと悩む私を見るのも辛かったのだ。
むせるのは命がけだ。
せき込みが十分できなかったら、呼吸は止まってしまう。
水分だってまともに摂れないのだから、食べてくれない恐怖は私にはいつもあった。
もしかしたら、長男は、私がクソ真面目な顔でスプーンに食べ物をすくって
差し出すのが、恐怖だったかもしれない。
現在のように、胃ろうから半固形の栄養剤を注入することになって
いちばんほっとしているのは長男かな、なんて思う。
ごくたまに、ケーキのクリーム(これも以前は食べてくれた)をほんの少しスプーンに付けて、口元に持って行っても、ぷんと顔をそむける。
最期のとき、長男は何かを味わいたいと願うだろうか。
せめて最期に味わいたい、か。
このままそっとしといてくれ、か。
親として、ここのところを後に託して、あの世に行けたらいいなと思う。
長男よりも先にあちらへ行きたいから。
きょうだいに、言い遺して行けたら・・・
いや、きょうだいたちも交えて、今のうちに話し合っておいたほうがいいんだな。
そのうえで、その時の長男の表情と、きょうだいに任せよう。
*
くまさんの初企画に参加したくていろいろと考えているうちに、長男はどうなんだろう、ってところに思いが及んでしまいました。
おだんごさんの言葉に、これでしょう?って示された気がしました。
大切なことを考えるきっかけを頂いて、ありがたいことでした。
何食べたい?って問いには、楽しみやうれしさや期待感がありますね。
それが人生の最後の食事であっても、最期の時であっても、本人にも、残されるほうにも、慰めや次へ進む力が生まれるんじゃないかなと。
こんどは、自分の「さいごに何食べたい?」で、参加したいと思います。