夫のデビュー
今年の特筆事項として、夫に町の役員が回ってきたという事がある。
とは言え、私にはほとんど影響はなく、せいぜい配りものが増えたくらい(これはこれで大変だけど)。
あ、それと、パソコンの使い方で呼び出されるくらい。
煩わしいけど私もあまりわからないんで文句も言えず、一緒に頭をひねる。
「一緒に頭をひねる要員」として、私は必要とされていた。
夫は役員が回ってくることを、ずっとずっと前から気に病んでいた。
定年の今まで、町内にはいっさい関わらなかった。10年ほど抜けていた期間もあったが生まれ育った町なのに、どこに誰がいるのか名前も知らない顔も知らない。昔から呼び習わしているはずの「屋号」なんか全然憶えていない。
「もう若い人にバトンタッチしたほうがいい、おまえ、今のうちから顔を覚えてもらったほうがいいぞ」なんてことを次男に言ったり。
(その前にあなたでしょう、と言いたいのをこらえる)
それでも、いざ今年度になりお役を頂いたら、とても前向きに取り組んでいた。いかにも「取り組んで」いたので、うん、こういうところは尊敬するわ、と眺めていた(尊敬しても上から目線)。
1年の行事や作業がひとつひとつ終わり、そのたびに、ほぼ毎晩のように、「今度の日曜は〇〇があってさー、もうほんとに、大変なんだ」とか「明日の会議は〇〇を決めるんだけど、だれもよくわかってなくて困った」とか、食事中の話題に持ち出して、ずっと終わらない。
そういうのって、大概、ぼやきだ。しかもヨッパライの。ほかの話題に変えても、かならず、もとの話題につなげてくる。名人技。
付き合いたくないので、ただでさえ早食いの私は超特急でお腹に収めて、席を立つ。
後を引き受けるのは、超スローに寡黙に食べる次男と、話が今一つ呑み込めていない義母。
夫は彼らに向かって話すのだが、明らかに、後ろで洗い物をしている私に聞かせるような大声でしゃべる。こちらは水の音でよく聞こえないのに。
聞こえないふりを押し通そうか、それとも聞こえないながら相槌くらいは打とうか。
何気ない風景ではあるが、これが毎晩だとストレスになる。
夫の取り組み方はすごい。
日曜はほぼ全部、役員の仕事の準備に充てている。朝から夕方まで、PCに張りつき、電話をかけ、平日休みの日は役所に出掛ける。
年がら年中家でうろうろしている妻から見ると、夫は、今までゴルフ練習にかけて来たと同じ熱量と時間を、役員の仕事にかけているように感じる。
いつもは休日でも家に居ない人が、ずっと同じフロアにいるのは、ハッキリ言って煩わしいが、その姿勢たるや尊敬に値します。
(また上から)
そんなに頑張っているのに、どうも力が及ばないらしい。
先日、昨年度の役員だった人から「もっと勉強しなさい、何もわかっていない、そんなこと今やってるのか」とお小言を頂戴したと、へこんでいた。
彼で大丈夫なのか、なんて陰口も言われたという。
夜も熟睡できなくなるくらい、がんばっているのに。
夫はへこみながら怒っていた。
この町は、毎年毎年、役員は全部入れ替わるのだそうだ。
そんな部落、市内全域にも珍しいらしい。
それじゃいつまでたっても、仕事を覚えられないと思うのだが。
その毎年新人みたいな役員にたいして、「もっと勉強しろ」だの「今頃そんなことしているのか」だの、言ってくる元役員はどういう了見なんだろう。
「そういう言い方ないよね!」と同情は示したが、私は心の隅っこではほくそ笑んでいた。
その人の言い方。
夫が次男に小言を言うときそっくりなのだ。
「うひひ」なのだ(←鬼)。
夫は長年、仕事と趣味の世界だけで生きて来た。
仕事はもう古株なので、誰も文句を言ってこないし、趣味の世界では自分を信じて研鑽に励むのみ。
こんなにまわりから突つかれる経験、しかも、自分がまったく右も左もわからない若僧扱いにされ、その非難や意見をだまって受け入れるしかない経験は、なかったと思う。
そういう意味では、「デビューした」感じかもしれない。
こういう経験をして、次男への態度もより柔らかく、自分の考えを押し付けないで、見守ってくれるようになってくれれば、と思ったのだった。
年明けから年度末に向けて、もっと地味で細かい仕事があるし、引継ぎなどもある。
夫の夜ごとのぼやきには、ますます拍車がかかるだろう。
私もなるべく、なるべく、落ち着いて、聞いてあげなきゃなと思う。