ニコのセカンドライフ
いま、私の横に保健所で出会って5年一緒に暮らしている保護犬だったニコがいる。
年齢も誕生日も不詳のうえ、かなり辛い状況で保護された様子を伺って、これからはずっと笑顔で過ごそうねと、ニコと名付けた。
そして誕生日も2月5日にした。
なぜ私が保護犬と暮らそうと思うようになったか、それは13歳で亡くなったラブラドールレトリバーを介護して学んだある思いからだった。
2017年夏、愛犬のブラウニーが骨の病で天国へ旅立った。
幼少の頃からずっと犬と一緒の生活をしてきたが、介護を体験したのはブラウニーが初めてだった。
アジリティの競技会に参加するほどの元気で活発だった彼女が、突然歩けなくなった。大型犬ということもあり、骨の病で歩けなくなった体はずっしりと重く、大変さは想像以上だったが、それでも温かい体温を感じながら一緒にいる幸せを感じていた。
が、高齢も重なり、病状は日に日に悪化していった。
その夜は台風のさ中にやってきた。
私は下半身(後ろ足)が動かなくなったブラウニーの上半身を左腕に抱き、右腕で体を撫でながら、荒々しい呼吸を繰り返すブラウニーを見守った。
瞬間、ブラウニーの身体がカクっと私の腕に重く落ちた。亡くなった。
それからの喪失感は、何をしても何を見ても、どこに行ってもブラウニーとの思い出が容赦なく迫ってきて辛い日々。もう二度と犬は飼いたくない、いわゆるペットロス状態。
そんな時間を過ごしながら、自分への慰めだったのか、同じような介護の体験をした方々の手記を見るようになり、そんな中で大きな社会問題になっている殺処分の記事が目に留まるようになり読み漁った。
これまで、血統書のついた、どこで生まれ親がだれであるかが記され、辛い境遇など体験してきていない、生まれて数か月の子犬から育ててきた。そしてみんな命を全うした。介護したブラウニーは、最後の最後まで一生懸命息をし続けた。
一方で、社会の勝手で命の期限を突き付けられた、まだまだ元気に生きていけるはずの犬たちがこんなにたくさん放り出されている。徐々に心は動いたけれど、私に育てられるのか、そして、もう一度確認した。
殺処分を減らしたいという思いだけで飼おうとしていないか、最後まで一緒に過ごせるか、バックグラウンドの分からない犬が多い中、病気やもしもの時の対応は、金銭的なものも含めて大丈夫か。
そんな私の背中を押してくれたのは、ブラウニーの最後の姿だった。
それからしばらくして保健所に問い合わせてみた。
初めての行動に緊張や不安になりながら保健所に着いた。
丸くなって震えている小さな一匹に出会う。スタッフの方にお話を伺うと、山に捨てられ放浪しているところを保護。当初は人を恐れてかまったく寄り付かず、ようやく少し私に慣れてきたところです、とのことだった。声を掛けても振り向かない、ずっと下を向いたまま動かない。
不安そうでやる気のない感じ。でもなんだかその姿が愛おしい。
私はこの子に決めた。
・初日
家についた。様子は先ほどと何も変わらない。
一切目を合わさずじっとしている。
ケージから出てこない。目が合ってもすぐそらされる。私が見ているとフードも食べてくれない。
今までの飼ってきた犬とのあまりの違いに、距離は縮まるのだろうか。ずっとこのままだったらどうしようと不安になった。
・あれから1週間
撫でさせてはくれないが、家の中で私の後をついてくるように。お風呂、トイレ、ベッド、ぴったりではなく、少し距離をおいてどこでもついてくる。
でも私が振り向いたらフリーズ、近づくと逃げる。
・3か月経過
私が動いてる時は近くまでは来ない。が、ソファに座っていたり、ベッドに横になっていると近くまで寄ってくる。
寝たふりしていると、私のにおいをこれでもかというほど嗅いでいる。
信用できるのか確認中なのだろう。
私が寝てしまって目が覚めると、隣で寝ていることがあった。起きた私に気がつくとすごいスピードで逃げて行った。
少しずつ心を開こうとしてくれているんだろう。小さな変化が嬉しかった。
少しずつ縮まっていった距離だが、なかなか撫でさせてくれないので、私好かれてないのかな。と不安になったこともある。
触ろうとしても逃げるし、私がリビングにいてもニコはケージから出てこない。
不安に思っていたが、家に友人が遊びに来た時に、私の後ろに隠れるニコを見て嬉しかった。
信頼関係ができているのかも、と。すごく前進した気がした。
・1年経過
一年ほどたつと、前に比べ距離が縮まった。
いつもではないが、リビングで一緒に過ごすことも増えた。
寝る時はくっついて寝るようになった。寝る前にわたしの腕を舐めるようになった。
前は呼んでも遠くからこちらを見ているだけだったのが、近くまでくるようになった。撫でるのが難しいので困難と思っていたしつけだが、お菓子を使ってお座りもハイタッチもできるようになった。可愛くて仕方がなかった。
お散歩も前より少し、乗り気になった。
歩くより日向ぼっこがすきらしい。
・いま
5年たった今でもニコは私が帰宅してもブンブン尻尾を振ることはない。
1回もない。
今でも少し距離をとって、ゆるやかに尻尾を振って出迎えてくれる。
撫でる時も手をゆっくり動かさないと、怖くて目をつぶる。
ニコのように一度傷ついてしまったトラウマは何年たっても消えない。
山を放浪しているところを保護されたニコに、何があったのかはわからないが、何年たっても急に近づいてくる人間の手が怖いのだ。
すべて彼女の個性。
無理にすべて克服しなくてもよい。
ニコはニコらしく生きていってくれたらいいのだ。
でもそんなニコも迎え入れた時に比べると表情が豊かになった。
ニコの個性も輝きだした。
少し出っ歯気味なので、寝起きは口が乾いて出っ歯になりがち。
テンションの高低差がはげしい。月2ぐらいでヘソ天がみれる。
おもちゃには興味なし。
他の犬と遊んでると嫉妬する。前足で背中をひっかかれる。
なぜだかわからないけど後ろ足の内側を撫でられるのが好き。
迎え入れた時に比べると、他のわんちゃんの輪の中に入っていけるようになった。
家に友人が遊びに来た時は、距離をとりながら一応輪に入るようになった。
年齢がわからないので、ニコとあとどれぐらい一緒にいれるのかわからない。
でもニコと過ごす時間をこれからも大切に楽しみたい。
大きな愛をもって、彼女と向き合っていきたい。
ブラウニー、保護犬に命を繋ぐことに導いてくれてありがとう。
ニコ、これからもずっとよろしくね。