クリップシネマ『ふふふ』 PHASE Ⅲ
「晩夏のヌード」
Ⅲ-1-① 肌に残るもの
○ 和久井の部屋・ベランダ(明け方)
薄明の空。
都心周縁に建つマンション。
錆びた風鈴が揺れる。
夏の終わりを予感させるそよ風。
○ 同・寝室
壁に立てかけられた等身大のパネル。
夕刻、ビーチに寝そべる由の姿。
(まるでⅡ-4-②からの写真と思わせるような)
けだるく、たそがれ、熱をはらんで。
それをベッドからじっと見つめる和久井。
腹上には、すやすやと寝息を立てる理香の横顔。
揺れるカーテンの影が目に入り、窓の外を見る和久井。
そっと起きようとして理香を目覚めさせる。
彼女は夢の続きのように彼を愛撫する。
和久井は再び、窓の外からパネルへと目をやる。
一人、静かに起き上がる。
Ⅲ-1-② ふしぶしの目盛り
○ 村崎のアトリエ・室内
ぽつねんと和久井が部屋の端に立つ。
棚に据え置かれたさまざまな計器や道具類。
ひとつひとつ手に取り、仔細に眺める。
目盛りに付されたいくつもの印。
記憶をまさぐるような和久井の表情。
○ 空撮
裏伊豆をめぐる人型ドローンの旅。
風魂のように飛翔する。
Ⅲ-1-③ 綻びていく
○ 晩夏の丘
夏の終わりの空。
どことなく陽射しも弱く。
○ 浜辺(曇天の昼下がり)
だれもいない海。
色褪せたデッキチェアに座り、沖を見つめる和久井。
ポケットから砂時計を出し、その砂を浜辺に撒く。
虫の死骸を見つけ、空いた器に入れて海へ放り投げる。
果てなく打ち寄せる波。
海鳥が鳴いている。
○ 間道
ひなびた一本道を、和久井がとぼとぼ歩いていく。
ふとその鼻がピクリと動く。
あたりを見まわし、深呼吸。
奇妙な含み笑い。
Ⅲ-2-① パンツ/パーティ/パンチ
○ ランジェリーショップ
膨大な量と種類で溢れる陳列棚。
その間を見てまわる和久井。
圧倒されながらときおり鼻を寄せる。
と、ある女性が試着室へ入っていくところを目撃。
しばし足が止まる。
○ ビアガーデン(夕暮れ)
庭園を利用した小洒落た店。
一角で女性客を中心とした小さなパーティ。
ビール片手に、たった一人でその様子を見つめる和久井。
鼻についた泡を手に取り、宙に舞わせる。
ふわふわとした気分。
○ 公衆トイレ(夜)
すっきりした顔で出てくる和久井。
肩にショルダーバッグ、首からは一眼レフ。
突然、数人の女子高生に囲まれる。
カメラをつかまれ、有無もいわさずパンチ。
よろけた隙に、バッグから財布を抜き取られる。
走り去る女子高生たち。
呆然とする和久井。
叩かれた痕を撫で、社会の窓を確かめる。
Ⅲ-2-② クラブ「アイランド」
○ クラブ「アイランド」・ロケセット
開店前、ダンスフロアを使ったファッション撮影。
コケティッシュな装いでポーズを決める由。
それをさまざまな角度から連写する、カメラマンの落合。
髭面、Gジャンのいかにもな風貌。
派手なライティングと奇抜なヘアメイク。
やがてストロボ撮影へ移る。
○ プロジェクションマッピング(イメージ)
富士山頂大噴火。
伊豆半島大地震。
環太平洋大津波。
○ クラブ「アイランド」・ロケセット
店中のモニターやスクリーンに映し出されるVJ映像
あちこちで明滅する、由とカメラマンの動き。
と、電源が落ちて非常用の室内灯が点る。
足を上げた由と、床に寝そべりカメラを構える落合。
固まったまま、待つ二人。
そして由はテストするように落合の体を何度も踏みつける。
響きわたるシャッター音。
喘ぎつつ、二人ともほのかに汗ばんでいる。
Ⅲ-2-③ スペクトラム×シネマニウム
○ 和久井のスタジオ・外観
9月の陽光が降りそそぐ。
駐車スペースに停められたワゴン車。
どこかしら憂いを帯びて反射する。
○ 同・内部
がらんとした空間。
真ん中に置かれたデッキチェアに横たわる和久井。
手許のリモコンにより、暗転。
ホリゾントに広がる満天の星。
移りゆく家庭用プラネタリウムを満喫する。
と、浮かんでくる光の輪郭。
徐々にそれが裏伊豆の海岸だとわかる。
星々に被る、風景と事物のスライドショー。
そこへ現れる、澄んで輝く瞳と大きな鼻孔。
見入り、やっとの思いで振り返る和久井。
背後に立った女性アシスタントの聡子。
彼の頭に手を置く。
○ 同・外観
夕暮れに佇むワゴン車。
淡いオレンジ色に染まる。
Ⅲ-3-① 脇から滲み出る物語
○ ワゴン車・車内(夜)
首都高の長いトンネルを走る。
ドライバーの聡子、助手席の和久井は黙ったまま。
ナトリウムランプの光芒が何度も交差していく。
○ 聡子の部屋・バスルーム
湯につかる男女。
聡子の背を抱きしめ、バスタブにもたれる和久井。
互いの頬を重ねたまま身じろぎしない。
彼女の首すじ、耳たぶ、うなじを愛撫していく和久井。
その手は彼女の両乳房を柔らかく揉む。
感じ、息をもらす聡子。
和久井は、彼女の腋の下に顔をうずめる。
と、何かに気づいたかのような表情。
彼女の体を回転させ、向かい合う二人。
にっこり笑って口づけする和久井。
再び、得心したように彼女の両脇と乳房を貪る。
Ⅲ-3-② ひざの裏の感覚野
○ 聡子の部屋・寝室
ベッドに素っ裸でうつ伏せる聡子。
腰にバスタオルを乗せたのみ。
ガウン姿の和久井が全身を優しく撫でる。
上半身から下半身へと順にマッサージ。
オイルを使い、ゆっくり緩急をつけながら。
うっとりとした面持ちの聡子。
放恣したように全身を彼にゆだねる。
たおやかな肌と、その陰影、くびれ、恥部まで。
太腿からひざの裏へときたとき、彼女の嗚咽の声。
手を緩め、目を瞠らせる和久井。
ひざの裏の、得も言われぬ艶めかしさ。
触れるたび嬌声を上げる聡子。
○ 郊外の団地(午前)
かつてのニュータウン。
静かで広い空間、ところどころに雑草やひび。
散歩する老夫婦の姿がわびしく。
〇 同・駐車場
和久井がワゴン車まで歩いてくる。
途中、靴の紐を結びなおし、ついでに屈伸運動。
振り返ると、ベランダから見つめる聡子の姿。
和久井はぎこちなく手を振る。
Ⅲ-4-① 遊女メディア
○ 汐留・パノラマ
高層ホテル、スカイラウンジからの眺望。
メディア企業の本社が立ち並ぶ。
それらを取り巻く運河や街路、そして浜離宮。
○ 同・浜離宮周辺
カメラバッグを担いで歩いてくる和久井。
晩夏の緑、微かな潮の匂いに囲まれ、陸橋やビル群を仰ぐ。
○ 同・広場(昼休み)
テラスや植え込みの周辺で三々五々、ランチをとるOLたち。
石段に腰を据え、キッチンカーに向けカメラを構える和久井。
と、ファインダー越しのベンチにミニスカートの女性。
肉感的な姿勢にもかかわらず眼差しは涼やか。
薄い唇がクレープを頬張る。
ノースリーブの腕、ストラップレスの下で盛り上がった乳房。
股間に見え隠れする暗い影。
脇に置かれた女性誌、表紙のモデルは紛れもなく由。
にっこり微笑んでいる。
と、これらの映像がフリーズ。
○ モニター画面
最後の場面(静止画)に思いっきり✕印が付される。
Ⅲ-4-② 嗅ぐわしき
○ 恵比寿・駅周辺
人待ち顔の和久井。
紙袋を手にずっと待っている様子。
目の前で黒人女性が二人、フライドチキンを食しながら立つ。
その脂ぎった唇、肉片、匂ってきそうな吐息。
腋や首筋もぎっとり汗ばむ。
げんなりしながらもつい見入ってしまう和久井。
と、その向こうを理香がさっそうと歩いてくる。
声をかける和久井、驚く理香。
紙袋を渡そうとするも、ちらっと見て断る素振り。
そのまま歩いていく。
○ 同・スカイウォーク
つんと前方を見つめ、動く歩道に乗る理香。
その後ろに困惑した表情で立つ和久井。
出口までその間合いを保ったまま移動する。
○ 同・ガーデンプレイス
通路を凛とした姿勢で歩き続ける理香。
相変わらず後ろに従う和久井。
と、理香が女性トイレへと入っていく。
その前で足を止める和久井。
表示を見つめ、黙考する面持ち。
漂ってくる匂いに鼻孔を広げる。
Ⅲ-4-③ それが彼女の癖である
○ 秋葉原・商店街
買い物した複数の荷を抱え、通りを行く和久井。
チラシ配りのコスプレ女性に目をきょろきょろさせる。
○ 同・中央通り
あるビルの前に立つ和久井。
以前見かけた、風変わりな看板があった場所。
すでにそこはアニメ絵で溢れている。
と、アキバツアーの外人御一行がビルに吸収されていく。
○ 同・駐車場付近
購入品を抱え込んだ和久井、入り口でいったん荷を降ろす。
ワゴン車を探し、あたりを見渡す。
聡子が一人で、スライドドアを開けパンツを脱いでいる。
それを車の脇にポイと捨てる。
目が‥となる和久井。
彼女は何事もなかったように運転席へ移動する。
○ 同・ワゴン車の脇
荷を積む和久井。
地面に落ちたパンツをじっと見る。
Ⅲ-5-① 機微だんご
○ 修善寺の温泉旅館
山あいの、川べりに佇む宿。
玄関の前で主要キャストの集合写真。
(和久井、由、理香、聡子、村崎、落合)
素の姿は、役のイメージと微妙に異なる。
○ 出演者インタビュー・旅館の個室
木漏れ日の窓を開け、浴衣姿の和久井が振り返る。
“この作品についてどう思うか?”
幾分、考え込んだ様子で口を開こうと。
始めたところで、本人のメイキング映像へ。
○ 同・旅館の中庭
ふだん着で池のほとりを歩く村崎が立ち止まる。
“自分の役柄の意味は?”
視線をそらし、ためらいがちに喋りだそうと。
始めたところで、本人のメイキング映像へ。
○ 同・旅館のロビー
壁飾りを背にソファでくつろぐ皮ジャンの落合。
“ヒロインはどうだった?”
身振りを交え、仰々しく語りだそうと。
始めたところで、本人のメイキング映像へ。
○ 露天風呂
談笑しながら湯につかる女性三人。
肌も露わな、由、理香、聡子。