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クリップシネマ『ふふふ』 PHASE Ⅰ
「初夏のムード」
Characters
カメラマン 和久井 (35)
小さなスタジオを持ちマイペースで仕事をしつつ
も、家族はなし。あるきっかけで若い女性とつき
あうが、やがて失踪される。
アシスタント 聡子 (28)
アシスタントとして和久井を支え、彼と由との関
係をやさしく見守る。容姿、スタイルとも悪くな
いが、決してそれを表に出さない。
モデル 由 (24)
美人にもかかわらず何がしたいのかはっきりせ
ず、気ままに一人暮らしを続ける。魔性のオーラ
が男たちの心を揺さぶる。
友人 理香 (24)
由にとって唯一の友人。正体不明なところは似て
いるものの、より快活で大胆。性格美人といわれ
ることも。
美術教師 村崎 (39)
みずからのアートで斯界に打って出ることもでき
ず、地元で悶々とする不良教師。萌え系に複雑な
思いを寄せる。
カメラマン 落合 (45)
女性をうまく撮ることで有名なファッションカメ
ラマン。Mの性癖を持ちながら、ふだんは親分肌
で反骨心に溢れる。
Ⅰ-1-① 部屋の匂い
○ 彼女の部屋
手持ちカメラの主観で探られる、失踪後の住み処。
玄関………無造作に並んだパンプスやスニーカー。
廊下………壁を引っ掻いたような傷と空白のパネル。
居間………アロマテラピーの道具、一輪挿しの萎れた麦。
ベランダ………散らばるキャットフードと引き抜かれた鉢植え。
浴室………シャワーヘッドからしたたる微かな水滴。
寝室………麦わら帽子、そしてベッドに投げ出された下着や衣類。
○ マンション・全景
緑地帯から見上げられた建物の外観。
○ 彼女の部屋・寝室
ベッドにうつ伏せる男、和久井。
周囲には部屋中から集めた想い出の品々。
起き上がり、あちこちを凝視。
彼女の残り香を嗅ぎつくすように徘徊する。
Ⅰ-1-② ベッドの匂い
○ 彼女の部屋・寝室(深夜)
ほの暗い室内。
薄いブランケットをかけ、ベッドで眠る女性、由。
ドアがそっと開き、忍び足で入ってくる和久井。
首にぶら下がる高感度カメラ。
床に落ちたストッキングを拾い、匂いを嗅ぐ。
その独特の質感、シャッター。
はみ出たかかとを撫で、足の裏に頬を寄せる。
隠微な指の隙間、シャッター。
徐々にブランケットを引き上げ、ひざ裏の襞を見る。
露わな描線と濃淡、シャッター。
腋に鼻を近づけ、澱んだ匂いをぞんぶんに吸う。
湿気に滲む毛穴、シャッター。
依然としてすやすや寝息を立てる由。
その吐息を舐めまわすように接近する和久井。
わずかに開いた厚い唇、シャッター。
と、いきなりくすくす笑いだす由。
顔を上げ、和久井の唇を奪う。
両腕で抱きつき、体を回転させて彼の上になる。
微笑みあう二人。
Ⅰ-1-③ 陽射しの匂い
○ 彼女の部屋・居間
窓から差し射る陽光。
薫風に揺れるレース。
Tシャツ、下着姿でネコと戯れる由。
テーブル上の携帯が振動点滅するも、無視。
猫じゃらしだけでも退屈しない、無為な時間。
気ままに、何度でも、延々と。
Ⅰ-2-① 空港の匂い
○ 成田空港・到着ロビー
重々しそうにスーツケースを引き、到着出口から現れる男。
カメラマンの和久井が疲れ気味の表情であたりを見回す。
久々の、日本独特な湿気、匂い、圧迫感にため息。
やがて迎えの女性アシスタント、聡子を見つける。
笑みを浮かべてハグ。
その体臭にどことなく郷愁に似た何か。
玄関ドアが開き、外気に触れたとたん帰国を実感する。
○ 同・駐車ビル
屋上階に停められたワゴン車のそばまでやってくる二人。
外気がせめぎあうような感覚。
背後の滑走路をジャンボがゆっくり移動していく。
荷を積み、ふと地面に落ちた女性の下着を見つける和久井。
非常に小さな、使い古しのそれ。
しゃがんでそっとつまみ、染みに目をやる和久井。
と目の前に突然、聡子の下半身。
じっと見つめあう二人。
Ⅰ-2-② 車の匂い
○ 駐車ビル・ワゴン車
ドアを開け、助手席に乗り込む和久井。
すかさず窓を開ける。
ラジオを入れ、FM局をチューニング。
そして色褪せたアロマ人形をいじりまわす。
と、運転席の聡子から古ぼけたノートを手渡される。
表紙には“YUの日記”という手書き文字。
鼻に寄せ、香りを嗅いでみる和久井。
後部席へ移り、ためらいがちに日記を開く和久井。
車がゆっくり動き出す。
○ 東関道・ワゴン車
日記帳を胸に、開け放たれた窓の外を見つめる和久井。
初夏の風が頬を強く叩いていく。
前方にやがて里山が見えてくる。
幾度も大きく息を吸い、匂いの記憶をまさぐるような和久井。
どことなく陶然とした面持ち。
運転席からちらっと振り返る聡子。
アクセルを少し緩め、ルームミラーを調整。
自らの腋に仄かな汗染みを見つける。
和久井は依然として想い出に浸っている風情。
Ⅰ-2-③ 草の匂い
○ 里山・中腹の草地(回想)
新緑の匂いに包まれて寝そべる和久井。
傍らに三脚に載せられたままの一眼レフ。
眼下に広がる昼下がりの女子高。
グラウンドでは女子生徒たちが組体操の授業。
と、太陽光線がふっと遮られる気配。
おもむろに瞼を開ける和久井。
目の前に立つ、セーラー服姿の女子生徒、由。
頭を起こし、あたりを見まわす和久井。
じっと見つめる由。
そのまま見つめ返す和久井。
空を指差してから、隣の草地を叩く。
○ 同・中腹の草地(日替わり)
新緑の匂いに包まれて寝そべる和久井と由。
穏やかな陽射しのなか、空に浮かぶ一筋の飛行機雲。
和久井の胸にあるカメラを取り、やみくもに覗こうとする由。
ファインダー越しに揺れる初夏の世界。
それを奪い返し、彼女に焦点を当てる和久井。
その笑顔、弾む息、少女らしい媚態。
続けざまに切られるシャッター。
草いきれのなか漂ってくる彼女の香り。
その体躯に顔をうずめる妄想。
Ⅰ-2-④ アスファルトの匂い
○ 首都高・ワゴン車
葛西JCTあたり。
日記を読みふける和久井。
開かれた頁には押し葉された麦。
ふと目を離し、箱崎方面へという身振り。
怪訝な面持ちの聡子。
交差する高架。
フラッシュバックする首都高の風景。
○ 同・箱崎PA
大型トラックの間に駐車中のワゴン車。
その傍らに立つ和久井。
ゆっくり車をまわりながら空を眺める。
居並ぶトラックの排気ガスやタイヤの匂い。
聡子が戻ってきて缶ジュースを手渡す。
一口飲んで、噛みしめる和久井。
地面、そしてフロントガラスにジュースをぶちまける。
じっとりと流れるつぶつぶオレンジの粒。
それを凝視する二人。
Ⅰ-2-⑤ 街の匂い
○ 秋葉原・中央通り
ゆっくりと走ってくるワゴン車。
赤信号で停まる。
○ 同・車内
助手席から何気なく舗道を眺める和久井。
あるビルの立て看板に目が留まる。
“匂い、売ります(^_^)”
車が動き出し、やがて見えなくなる。
○ 街の点描
ガード下のパーツ屋。
フィギュアの掟。
コスプレ命。
同人誌がいっぱい。
ようこそエロゲー。
オーバークロッカーども。
Ⅰ-2-⑥ スタジオの匂い
○ 瀟洒なビル・外観(夕暮れ)
ワゴン車がやってきて小さな駐車スペースへ入っていく。
○ スタジオ・内部
暗がり。
明かりが入り、缶ビールを手にした和久井が横切っていく。
がらんどうのスタジオ。
すべての照明スタンドが灯される。
眩しそうにホリゾントの前に立つ和久井。
照らし出された空間を塵が浮遊する。
それを掴もうとして、よろける和久井。
ビールといっしょに塵を飲み込む。
三脚にカメラをセットする。
ファインダーを覗き込む。
目の前にはホリゾントの白があるばかり。
白濁する紋様。
スタンドに指をかざし、たった一人その影を楽しむ。
Ⅰ-2-⑦ モニターの匂い
○ デジタルラボ・室内
モニターに映し出された由のスチール集。
漠然とそれらを見入る和久井。
(Ⅰ-1-②で撮られたカットを中心に)
やがて色味やトーンの効果を模索しはじめる。
(まったく違った様相を見せる被写体)
ふとその腋に小さな傷を見つける。
気になってそれをズームアップさせる和久井。
○ 同・モニター画面
徐々にクローズアップされていく“傷”。
驚いたことにそれは人のマウス。
画面いっぱいに広がる彼女の厚い“唇”。
○ 同・室内
呆然とモニターを見つめる和久井。
そして身を乗り出し、それに接吻する。
Ⅰ-2-⑧ ホテルでの匂い
○ ホテル・宴会場ロビー(夜)
正装した和久井が落ち着かなさげに立つ。
男どもにまじって行き来するハイソな女性たち。
かぶりを振ってその場を離れる和久井。
○ 同・ロビーあるいは廊下(夜)
ネクタイを外し、うろつく和久井。
通り過ぎていくショップ、展示物、人の顔、ラウンジ…。
と、なぜか窓の外の風景に目が留まる。
整然とライトアップされた日本庭園。
ガラス窓に手をつき、吸いつけられたように見入る。
(同ポジでアニメーションへ移行)
○ 日本庭園(アニメ)
さまざまな角度から眺めやる景色。
花粉が舞い、虫が飛ぶ。
構図やアングルががくがくと切り替わる。
蜜に導かれるように名も知らぬ花の中へ。
おしべとめしべが媒介者を待っている。
みごとに成功する受粉。
Ⅰ-3-① 匂いの因果
○ 彼女の部屋・内側
鍵がまわされ、ほんの少し開くドア。
年若い女性が顔を覗かせ、事務的な様子で入ってくる。
(PHASEⅡに登場する由の友人、理香)
居間に向かい、何やら探し物。
アロマオイルの瓶をバッグに詰め、寝室のドアを開ける。
○ 同・寝室
シャツの胸をはだけ、ベッドに横たわる和久井。
突然ドアを開けた理香と目が合う。
言葉が出ない二人。
慎重に動いて壁際の麦わら帽子を手にとる理香。
なぜか和久井はみずからの股間を押さえる。
逡巡めいた態で見つめあう二人。
鼻をくんくんさせながら理香が近づく。