『学校で起こった奇妙な出来事』 ④
④ 「Who is くそったれ」
○ 校舎の屋上
昼休み。
佐伯が望遠鏡で生徒会室を覗いている。
○ 望遠鏡の画面
寄り添いながら何やら話している河野と篠川。
佐伯の声 「おやおや、優等生のカップルさん、相変わらず仲がいいもん
だ」
篠川がポシェットから封筒を出し、河野に渡すのが見える。
佐伯の声 「またラブレターだとさ。マメだよね、まったく」
河野はあわててファイルのようなものを取り出し、篠川に示す。
二人の記念アルバムだろうか、写真が挟んであるようだ。
大げさな身ぶり手ぶりの河野。
そして篠川の両肩をつかみ、にっこり微笑む。
佐伯の声 「よくやるよ。ああいうの、青春オタクっていうんだろうな」
○ 校舎の屋上
身を乗り出すように望遠鏡を覗く佐伯。
屋上の真ん中でビーダマイヤーとスタンダリアンが四つ相撲。
隣でハカイシとクッパが頭突きの応酬中。
行司とレフリーをかねるザッカヤが、双方の取っ組み合いをはやし
行ったり来たり。
周囲を一輪車に乗ったケイリンが軽快に駆けまわる。
じょうろを持ったオキナは隅に並べた鉢植えに水をやる。
金森はデッキチェアに寝そべったまま虚ろな表情。
佐伯哲男 「ジュン、目を覚ませよ。よく一人でそんなによがれるなあ」
金森淳 「(薄目を開け)ノゾキしてる人間に、そうなふうに言われる
筋合いないぞ」
佐伯哲男 「これはね、趣味じゃなくて使命みたいなもんさ」
金森淳 「へえ、立派なこった」
佐伯哲男 「ジュンみたいに、いつも昼寝ばっかりしてちゃ何も解明でき
ないんだぞ」
金森淳 「二十四時間寝てるわけじゃないんだ。こんないい天気の日は
空を仰いで、いびきの一つや二つ、お天道さまに捧げるのが
受験生のスジってもんだろ」
佐伯哲男 「また意味のわかんないこと言ってる」
金森淳 「この年ごろはね、よく眠らないといけないの。じゃないと脳
細胞が成長せず早くボケるってさ。テツボーは手遅れかもし
れないけど」
佐伯哲男 「初耳だなあ。ジュンは寝ぼけてばかりいる気がするけど」
金森淳 「頭ん中が成長してるときは余計なことしないの。十代のうち
はその差がはっきりしないだけ」
佐伯哲男 「ほらみろ。いざというときまごついても知らないぞ」
金森淳 「どれ、見せてみろ。ノゾキでそんなにラチがあくと思えない
が」
と望遠鏡をひったくり、向かいの校舎へ目をすがめる。
○ 望遠鏡の画面
ぶれる映像。
体育教官室で武藤が昼食後の歯磨きをする姿。
中庭で女子生徒がバレーボールを上げる姿。
胸や太股が拡大されてなまめかしい。
佐伯の声 「ちゃんと見てるんだろうね、ジュン」
金森の声 「ああ、テツボーの気持ちがよくわかる」
やっと生徒会室が現れる。
窓ぎわで渋面をして立つ河野。
その後ろで篠川が封筒を手に問いつめているようだ。
金森の声 「しかし、ああいうの、仲がいいっていうのか」
○ 校舎の屋上
手すりにもたれた佐伯。
バカ騒ぎを続けるクラスメートを眺めつつ、生徒会室のほうを振り
返る。
佐伯哲男 「あの二人、ずっと話し込んでるだろ。一日に何度も顔を合わ
せて生徒会室でちちくりあってるんだ。本当にマメだと思わ
ないか。ああして毎日のようにラブレターに交換日記だって
さ。生徒会や新聞部の活動、宿題や受験勉強もこなさなきゃ
ならないんだ。どれくらい机の前に座ってるか知らないが、
悪巧みを働かせる余裕がよくあるもんだ。カイチョウのやつ
しかも、映画の主役をやりたいって言うんだから。ジュン、
お前が昼寝してるあいだに、世の中どんどん進んでいってし
まうんだぞ」
○ 望遠鏡の画面
いまや二人は明らかに言い合いをしている様子。
やがて河野の頬を張り、生徒会室を飛び出す篠川。
金森の声 「……おやおや」
○ 校舎の屋上
佐伯哲男 「本当にちゃんと見てるのか、ジュン」
と、手すりに顔をつけしゃがむ。
その懐へ望遠鏡を投げ返す金森。
金森淳 「テツボーの言うとおり、世の中はどんどん進んでく。けど、
起きててもロクなことばっかしとかぎらない」
と、屋上の光景に目をやる。
肩をすくめ、デッキチェアから飛び起き駆けていく。
置いてきぼりにされた佐伯。
あらためて屋上で遊ぶクラスメートを見まわす。
なぜかそろって組体操に興じている。
頂上に立ったザッカヤが自慢げに声を上げる。
その束の間、ぶざまに崩れ落ちる。
全員、悲鳴を上げながらも大笑い。
佐伯哲男 「そうだよなあ」
○ 図書室
書架の脇に立つ金森。
読書コーナーで書物を広げようとする篠川。
近寄りがたい雰囲気。
○ 同・読書コーナー
書物を広げたまま、物思いにふけるような篠川。
その背後にそっと近寄る金森。
金森淳 「何を読んでるんだい」
振り向いた彼女の頬にうっすら残る涙の跡。
篠川久美 「どうしてここに」
金森淳 「いちゃ悪いか」
篠川久美 「……話しかけないでください」
金森淳 「泣いてたんだろ」
篠川久美 「知ってるんですか?」
少したじろぐ金森。
金森淳 「……なんのことだい?」
篠川久美 「いえ、いいんです」
金森淳 「頬が濡れてるから聞いたんだ。カイチョウと何かあったの
か?」
篠川久美 「もう、いいんです」
いつもの調子に戻ろうとし、再び本に向かう。
金森淳 「さっきから栞のあるところを開いたままだ」
篠川久美 「私の勝手です」
金森淳 「冷たい言い方だなあ」
篠川久美 「近寄らないで」
金森淳 「小説?」
篠川久美 「あっちに行って」
金森淳 「小説なんて読んでると性格が悪くなるっていうぜ」
篠川久美 「人によります」
金森淳 「うまい文章を書くやつなんて信用できないんだ。本当に考え
抜いてるんなら上手であることを恥じると思うね。文才を鼻
にかけてるやつらより、身のまわりを見つめてたほうがよほ
どためになる」
篠川久美 「だれのこと言ってるんですか。話しかけないでください」
金森淳 「カイチョウにそう言われてるのか」
篠川久美 「どういう意味なの」
金森淳 「ただ、そう思っただけさ」
篠川久美 「変な勘ぐりはやめて。一人でいたいの。お願いだからここか
ら離れて」
金森淳 「封筒の中身のことだろ?」
篠川久美 「えっ」
と、相手の顔をまじまじ見つめる。
○ 生徒会室・外の廊下
廊下の陰を忍び寄る佐伯、ハカイシ、クッパ、ザッカヤの面々。
周囲をうかがいながら歩くが、ハカイシの鼻息が荒くなる。
鼻の穴だけで呼吸しているらしい。
と、クッパが何発目かの屁をこく。
そのたびに後ろでもがくザッカヤ。
佐伯がみんなをにらむ。
鍵穴を覗き込み、針金を使ってこじ開ける佐伯。
息を潜めていた3人が拍手。
佐伯哲男 「シッー!」
ドアをそっと開け、芋虫のように連なる面々。
佐伯哲男 「ザッカヤ、何を震えてるんだ。お前は入口で見張ってろ」
部屋の奥へ消える3人。
一人ぼっちとなったザッカヤは周囲を見まわす。
が、顔色はあまりよくない。
○ 同・内部
きれいに整頓された部屋。
佐伯哲男 「よし、かたっぱしから調べるんだ」
机や棚を手分けする3人。
だが、ハカイシとクッパは目的を忘れてしまった様子。
回転椅子に座って楽しそうに声を上げる。
佐伯哲男 「(振り返り)おい、何をやってる。遊びにきたんじゃないん
だぞ」
佐伯は狙いのキャビネットを物色。
引き出しの中からさっそくファイルが出てくる。
なかに一枚だけ、あの裏山を捉えた写真がある。
佐伯はそれを抜き取りしげしげ眺める。
すぐ横でばたつく二人。
ロッカーから篠川のストッキングを取り出し、頭にかぶせあう。
ハカイシが鼻を出し、息を吸い込んだところへクッパが屁をひる。
と、扉の向こうで床をたたく音。
ザッカヤの声「お~い、早くしろ。何かあったのか」
と、か細い声が聞こえる。
佐伯哲男 「(抑えた声で)ハカイシとクッパがじゃれあったのさ。しっ
かり見張っててくれ」
ザッカヤの声「トイレに行きたいんだ」
佐伯哲男 「少しは辛抱しろ」
ハカイシ 「あったぞ!」
とロッカーに頭を突っ込み、大きな声で叫ぶ。
佐伯哲男 「何が?」
と、うとましげに顔を向ける。
ハカイシ 「写真さ。ジュンが写ってる」
クッパ 「あれれ、書記長と手をつないでるじゃないか」
と、頭を突っ込んだクッパが叫ぶ。
佐伯も頭を入れようとするが踏みとどまり、二人の体をロッカーか
らひきずり出す。
ハカイシ 「ヤルことはヤルんだな、ジュンも」
クッパ 「あの二人がつきあってたなんて知らなかった」
二人から写真を取り上げる佐伯。
それは道ばたにしゃがむ篠川へ金森が手を差し伸べる姿だ。
佐伯哲男 「直接ジュンに確かめてみるさ。このことはだれにも言うんじ
ゃないぞ」
そのとき扉の向こうでビリビリッという音。
ザッカヤの声「うぅ~ん!」
と、うめき声が聞こえてくる。
顔を見合わせる3人。
イヤな匂いが漂ってくる。
○ 同・外の廊下
3人がおもむろに入口から覗く。
と、ザッカヤが白い尻を出して糞を垂れている。
佐伯哲男 「こいつ、なんのつもりだ」
ハカイシ 「つもりなんかあんのか」
クッパ 「強烈な積もり方だ」
口と鼻を押さえる3人。
佐伯哲男 「冗談、きつすぎる」
ハカイシ 「匂いもタイミングもすげえ」
クッパ 「人が見かけによらないっていうのは本当だな」
あきれた顔でザッカヤを取り囲む3人。
彼は、はにかみながら気持ちよさそうにほほえむ。
すさまじい匂いに3人は鼻をつまんで引き返す。
○ 同・内部
クッパ 「どうする?」
ハカイシ 「あれを片づけるっていうのか?」
佐伯哲男 「自習中だからバレやしないさ。さっさと逃げちまおう」
クッパ 「このままにしとくんだったら、俺もやっておくよ。さっきか
ら腹の具合がおかしいんだ」
と机の横にしゃがみこみ、屁をかましてうなりはじめる。
ハカイシ 「こら、自分だけとは卑怯だぞ」
とロッカー前でズボンを下ろし、真っ赤になってきばりだす。
佐伯哲男 「おい、俺たちの立場がわかってるのか。しょうがねえなあ」
と河野の机の下に隠れ、ベルトを緩める。
あとで比べたら、佐伯がいちばんでっかい糞を垂れていた。
○ グラウンド
青空の下で体育の授業。
男子は砂場で鉄棒、女子はトラックでハードル競技。
○ 同・鉄棒の前
砂場のまわりで車座となった男子生徒たち。
担当教官の武藤がきびきびした口調で青春の訓をぶつ。
武藤完治 「いいか、鉄棒はすべての運動の基本である。これをうまくこ
なすやつはどんな競技にも対応でき、見栄えも大切な要素で
あるから女の子にもてるときた」
ここで武藤は一人で大笑い。
武藤完治 「わしが昔サッカーでインターハイに出たときも、鉄棒が得意
なあまり体操でも出場するようせがまれた。女性の応援団も
すごかった。放課後ぶらぶらしてるぐらいだったら絶対そう
すべきだがな」
ここで武藤は金森をにらみつける。
武藤完治 「健全なる精神は健全なる肉体に宿るといわれる。健全とは何
か。いいか、鉄棒はすべての運動の基本であり、その奥はと
ても深い。単純な運動といっておろそかにしちゃいかん」
ここで武藤は砂に足を取られてよろける。
からだを後ろへひき、鉄棒に頭をぶつける。
しらけ気味に話を聞いていた生徒たちが吹き出す。
武藤完治 「こら佐伯。その手を止めろ。お前、鼻くそをいじくった手で
鉄棒にさわるなよ。汚いどころか危険このうえない」
佐伯は鼻の穴に指を突っ込んだままだ。
武藤完治 「そのかわり、腕立て伏せ百回」
佐伯は指の持っていき場所に困惑する。
武藤完治 「早くその不潔な指をどうにかしろ。だいたい逆上がりひとつ
満足にできん男が、テツボーというあだ名なのが気に食わ
ん」
佐伯哲男 「(つまり声で)そりゃあ、ぼくのせいじゃないです」
武藤完治 「早くやらないと、二百回にするぞ」
すかさず佐伯は指を引き抜き体操着でぬぐう。
ぶつくさ言いながら腕立て伏せをする。
武藤完治 「よし、では金森から試技を見せてくれ」
金森淳 「はあ」
武藤完治 「どうした? まじめくさった顔をして、お前らしくないじゃ
ないか」
金森淳 「いえ、は、はい」
と、何やら思案中の面持ち。
武藤完治 「よし、まずは蹴上がりからだ。全員、よく見てるんだぞ」
鉄棒に飛び上がる金森。
ゆっくりからだを揺らせる。
いとも簡単に蹴上がると鉄棒の上で上体を支える。
武藤完治 「よく見たか。よし、回転して飛び降りろ」
からだを跳ね、勢いよく大回転へと移る。
腕を伸ばし、スピードを増しながら風を切る。
数度回転したところで手がすべり、砂場のきわに落下。
武藤完治 「おい、だいじょうぶか!」
武藤が声を上げ、数人の生徒が立ち上がる。
うっ伏していた佐伯があわてて駆け寄る。
○ 保健室
カーテンで区切られたベッドに横たわる金森。
頭と腕に包帯を巻いている。
佐伯哲男 「……あんな話、体育のまえにしたせいかな」
金森は中庭の噴水を見つめたまま。
噴水の周囲にたむろする1年生の女の子。
佐伯哲男 「俺は気にしてない。ちょっと驚いたけどそれでジュンが変わ
るわけじゃない。1年生のころの話だし、生き方は違っても
書記長は美人なほうだし。俺もやつらも口は固いから、心配
すんなよ」
金森淳 「……まだあるんだ」
佐伯哲男 「どういうこと」
金森淳 「昼休みに生徒会室覗いてただろ。書記長が出てったあと図書
室でつかまえたんだ」
佐伯哲男 「そうだったのか」
金森淳 「彼女が持ってた封筒。あの中に写真が入ってた。ずっと隠し
てるから、ひったくってやった」
佐伯哲男 「さっきのと同じ?」
金森淳 「もっとひどい。彼女が襲われてるやつ」
佐伯哲男 「だれに?」
金森淳 「わからないが、書記長は誤解してる」
佐伯哲男 「ジュン、やっちゃったのか」
金森淳 「……その日のこと、俺には記憶がないんだ」
佐伯哲男 「えっー!」
佐伯は、金森の告白を聞いて返す言葉を失う。
と、カーテンの向こうに人の影。
長瀬叡子の声「入っていいかな」
佐伯は、困惑する金森の顔を見て笑いが込み上げてくる。
佐伯哲男 「(カーテンを引きつつ)じゃあ、またあとで」
そこへ顔を出す、体育の授業を終えたばかりの叡子。
汗を噴く、そのショーツ姿に思わず目がいく二人。
長瀬叡子 「どこ見てるのよ」
伏し目がちに下半身へ目をやる二人。
長瀬叡子 「ま、問題なさそうってことか」
すると佐伯がくすくす笑い出す。
佐伯哲男 「俺はザッカヤをとっちめなきゃなんないから、もう行くよ。
あとはA子に任せるけど、ジュンには気をつけたほうがいい
かもしれない」
わけがわからないといった表情の叡子。
金森はうろんな目つきで佐伯をにらむ。
ベッドのある部屋に残される二人。