『め印』ⅱ
ⅱ「まさか」
○ 雑貨屋・表
さびれた商店街の真ん中にある“九十九ストア”。
店先で新装セールの呼び物にマジックショー。
手品師・牧シゲオが懸命にネタを披露。
が、客はまばらで技のレベルも低い。
店主の掛け声が空しく響くだけ。
○ 同・居間
奥の居間で、店の隠居と牧シゲオの息子がテレビを見ている。
画面には壮大なイリュージョンショー。
隠居 「(茶をすすって)これ、ほんまにおまえの母ちゃんか」
せんべいを頬張りながらうなずく少年、肇。
隠居 「父ちゃんとえらい違いやな」
○ テレビ画面
ステージ上にコイルの巻かれたけばけばしいキャビネット。
閃光のなかで派手に空間移動を行う十河点子。
衣裳もポーズも化粧も派手。
○ 雑貨屋・居間
二人のもとへやってくる店主。
卓袱台の羊羹をつまみ、テレビに目をやる。
店主 「なんや、店先でマジック実演してんのに。見てるのはこれか
い……」
と、画面を見入る。
相変わらずせんべいを頬張る肇。
隠居 「不思議なワザやろ。……(店主に)おい、店のほうは大丈夫
か。市子しかおらんで」
店主 「娘一人で十分や」
と、ほんの少し首を伸ばすだけ。
○ 同・店先
笑顔いっぱいにマジックをこなす牧シゲオ。
その前で数人の子供たちがじゃれあう。
レジの横から黙って見つめる市子。
シゲオがとっておきのコインマジックを披露。
食玩の比べっこに夢中な子供たち。
○ 車の中(夜)
軽ワゴンに揺られる牧シゲオと息子の肇。
シゲオ 「(ハンドルを握りながら)……肇、来週はヘルスセンターに
行くぞ」
肇 「うん」
シゲオ 「(横へ向いて)なんだ、もっと喜べよ。でっかい泡風呂も、
遊戯場も、鉄道ジオラマだってある。パパにとっては、久々
に大宴会場のステージだ」
肇 「うん」
シゲオ 「張り合いのない返事だなあ。……ひょっとしておまえ、パパ
が誕生日のことを忘れてるとでも思ってるのか。前々から肇
が欲しがってたもの、ちゃんとプレゼントしてあげる」
肇 「なに?」
シゲオ 「もう八歳だもんな、期待して待っててくれ。そのかわり、ど
んなにつまんなくても、絶対そんな顔しちゃだめだぞ」
と、息子の顎をくすぐる。
肇 「(顔をほころばせ)うん」
○ ヘルスセンター・大宴会場
ステージの真ん中で奇術を繰り広げる牧シゲオ。
大広間にはまばらな客、しかも老人のみ。
○ 同・遊技場
レーシングゲームに挑む肇。
何度もクラッシュするが、黙々と興じる。
○ 同・大宴会場
ショーが終わり、すでにだれもいない。
一人、ステージに残って広間を見渡す牧シゲオ。
ため息をつき、道具を片づけ、傷ついた箇所を取り繕う。
途中、新たなネタが浮かび、見せ方を練ったりしながら。
と、広間に立つ肇を見つける。
シゲオ 「……おう、そこにいたのか」
肇 「続けてていいよ。ぼく、ここで見てる」
と、大広間の真ん中に膝を抱えて座る。
シゲオ 「そ、そうか」
と、なにやら準備を始める。
シゲオ 「肇、おまえがいちばん欲しいものは何だった?」
肇 「ママさ。ママに決まってる!」
シゲオ 「……またそんなことを言う。人間はだめだよ」
肇 「(あきらめきれない顔で)う~ん、なんだったっけかな」
シゲオ 「……ジャジャーン、これがそうだろ!」
テーブルにあるのは“妖怪お面・七変化シリーズ”。
肇 「あっ」
シゲオが次から次へとお面を手にとり、妖怪に化ける。
肇 「よく覚えてたね、パパ」
と、立ち上がって拍手。
シゲオ 「(天狗の声色で)それとも、あれかい!」
と、広間の後方を指し示す。
聞き慣れた音楽とともに襖が開く。
そしてバックライトのなかに現れたのはあの十河点子。
派手な衣裳で、いつもの登場ステップを踏む。
肇 「ママだ。ママが戻ってきたんだ!」
シゲオ 「(山姥の声色で)これは、十河点子ではありませぬ」
肇 「えっ」
シゲオ 「(一つ目小僧の声色で)はて、だれでござりましょう」
鬘と衣裳を脱ぎ捨てると、そこに立つのは普段着の九十九市子。
肇 「ウソーッ!」
微笑みながら、おもむろに両手を差しだす市子。
が、閃光が上がり、彼女の姿が消える。
肇 「ウソーッ!」
と、呆然とした顔つき。
シゲオ 「こっちだ、肇」
肇が振り返ると、ステージに並んで立つシゲオと市子。
肇 「あれれッ!」
と、大広間の真ん中で二度、三度と首をひねる。
シゲオ 「肇の、新しいママだよ」
市子 「驚かせて、ごめんね」
体を寄せ合い、二人で両手を差しだす。
肇 「(泣き出さんばかりに)すごいマジック! 十河点子なんか
より、ずっと若くてきれいだ!」
と、二人に向かって駆けだす。
<終>