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想い出はモノクローム

大滝詠一さんの「君は天然色」から

くちびるつんと尖らせて 何かたくらむ表情は 別れの気配をポケットに匿していたから 机の端のポラロイド 写真に話しかけてたら 過ぎ去った過去 しゃくだけど今より眩しい 想い出はモノクローム 色を点けてくれ もう一度そばに来て はなやいで 美しの Color Girl 夜明けまで長電話して 受話器持つ手がしびれたね 耳もとに触れたささやきは今も忘れない 開いた雑誌を顔に乗せ 一人うとうと眠るのさ 今夢まくらに 君と会うトキメキを願う 渚を滑るディンギーで 手を振る君の小指から 流れ出す虹の幻で 空を染めてくれ

大滝詠一「君は天然色」

最初は、”純粋無垢な君を、私の色で染め上げたい”という、独占欲をむき出しにした歌だと思っていました。しかし、歌詞をしっかりと読んでみると、違った視点が生まれます。

この歌詞の解説を通じて、単なる恋愛ソングとは異なる、深い感情が込められていることがわかります。表面的には「くちびるつんと尖らせて」「ポラロイド写真に話しかけて」など、軽やかでノスタルジックな恋愛の描写に見えますが、実はその背景には作詞家・松本隆さんの個人的な悲しみと喪失が隠されているのです。

背景:松本隆さんの妹の死

松本隆さんはこの歌詞を書く少し前に、病気で妹を亡くしていました。その喪失感から、彼は一時的に作詞活動ができなくなっていました。しかし、大滝詠一さんはどうしても松本さんに歌詞を依頼し、「君じゃないとだめだから、半年でも1年でも待つ」とリリースを延期してまで、松本さんの復帰を待ちました。大滝さんのこの友情と信頼が、松本さんにとって大きな支えとなり、彼は妹への追悼の気持ちを込めて、この歌詞を書き上げたのです。

想い出はモノクローム

歌詞の中でも特に象徴的なフレーズが「想い出はモノクローム、色を点けてくれ」です。この表現は、松本さんが妹を亡くして感じた世界の色あせた感覚を反映しています。身近な人の死は、日常の風景さえも無彩色に感じさせるもの。松本さんも、妹を失った後、街がまるでモノクロのように見えたと言います。

「色を点けてくれ」という言葉には、その失った彩りをもう一度取り戻したいという強い願望が込められています。これが、妹への追悼だけでなく、大滝さんとの友情や、自分が再び前を向いて生きていくための希望としても読み取れる部分です。このフレーズには、失ったものに対する切実な思いが反映されており、単なる懐かしい恋人との再会を願う言葉ではないのです。

モノクロからカラーへの変化

また、「色を点けてくれ、もう一度そばに来て、はなやいで、美しの Color Girl」という歌詞も、単なるロマンチックな言葉に見えるかもしれませんが、背景を知るとその意味が変わります。これは、亡くなった妹への願い、もしくは彼女との思い出が鮮やかによみがえってほしいという松本さんの心の叫びであり、「Color Girl」とは妹そのもの、または彼女を象徴する存在かもしれません。

つまり、歌詞全体を通して、松本隆さんは妹との思い出が「モノクローム」になってしまった現実を受け入れつつ、それを「色」を取り戻すことで再び生き生きとしたものにしてほしいと願っているのです。この「色」は、妹との思い出や彼女の存在そのものが、松本さんの心に再び明るさを与えてくれるという希望の象徴です。

大滝詠一との友情

この曲が完成した背景には、大滝詠一さんの強い友情と信頼があります。松本さんが作詞を断ろうとした際にも、「君じゃないとだめだ」と言い続けた大滝さんの支えがあったからこそ、松本さんはこの歌詞を完成させることができました。松本さんが妹への追悼と同時に、大滝さんへの友情を込めたこの曲は、二人の天才が共に作り上げた、愛と友情が詰まった作品でもあるのです。

シティポップの表面に隠れた深さ

表面的には「おしゃれなシティポップ」の歌詞として楽しめるかもしれませんが、その奥にある松本隆さんの喪失感、そしてそれを支えた大滝詠一さんとの友情を知ると、この曲の聞こえ方が大きく変わります。華やかでポップなメロディの背後に、深い悲しみと人間的な繋がりが隠されており、そのギャップが、曲をより感動的なものにしているのです。

だからこそ、この曲を聴きながら涙を流す人がいるのも不思議ではありません。聴く人によっては、単なる恋愛ソングではなく、生と死、そして失われたものを悼む歌として感じられるからです。


この歌詞の裏に隠されたエピソードを知ると、まったく別の光景が浮かび上がります。「くちびるつんと尖らせて」の軽やかな恋愛のニュアンスや、ポラロイド写真に話しかけるといったノスタルジックな表現が、実はもっと深い喪失感と繋がっていたことが分かる瞬間、その言葉が切実さを増して胸に響いてきます。

特に、「想い出はモノクローム、色を点けてくれ」というフレーズ。表面的には、失われた過去の恋人を取り戻そうとするようなロマンティックな表現に見えるけれど、松本隆さんが妹を亡くし、街がモノクロにしか見えなかったという背景を知ると、このフレーズは途端に世界全体が悲しみに覆われた中での願いの叫びとして心に刺さります。色を失った景色にもう一度命の輝きを取り戻したい、その強い切望が隠されています。

「写真に話しかけてたら」なんて、日常の小さな行為に見えて、実はもう会うことのできない大切な存在への想いが、静かに込められている。生き別れやただの恋愛ではなく、死別の痛みに伴う静かな対話。そこには、もう戻らない時間と二度と会えない人への喪失が重なっているからこそ、これ以上に「今より眩しい」過去が蘇る。妹への深い愛情が、光を失った街並みの中に浮かび上がっている。

この歌詞はただの恋の歌ではない、松本さんが抱える喪失と悲しみ、そして大滝詠一さんの友情が織り交ぜられた、鎮魂のための音楽だと知ると、その一つ一つの言葉が繊細に、深く感じられる。妹を失った松本さんに「君じゃないとだめなんだ」と言い続けた大滝さん。二人の天才が紡ぎ出したこの音楽は、妹へのレクイエムであり、同時に友情の証でもある。その繊細な思いが、この曲全体に鮮やかに色を点けていく。

だから、誰もがこの曲を「おしゃれなシティポップ」だと思うかもしれないけれど、実際にはその裏に秘められた深い感情が込められていることを知ると、まったく違った景色が見えてくる。モノクロの風景に色を取り戻そうとする、切実な願いが。