【詩】多重露光
台所から運ばれてくるマフィン
廃線になった鉄道であそぶ
団地のさつき姉ちゃんと泥の庭
さよならしてからだいぶ経って
あんな団地はしばらく見てない
氷に冷えたうどんを日曜には食べる
線路の上を走っていた少年は
少女の手のひらからマフィンを受け取り
その表情なんて見れないまま
焦げついたそれを抱えて
そそくさと家に帰り
押入れの床に
カチカチとした紙を敷いて
忘れるまで保存した
少年が帰宅する
つづらに降りるこの丘を
紫色の芝桜 ちょうせつして
一帯キリに包まれて
少年が帰宅する
中空で停止した飛行機が
離陸の時間に巻き戻るように
平屋の並んだほとりに向かって
かすめ取られた屋根にも
見覚えがある
少年が帰宅する
体の大きないじめっ子は
女の子になって
肩を窄めてお久しぶりです
母の顔を歪ませた
少年が帰宅する
この街は夕焼けが燃やした
熱い線路の上にたつように
淀んだ水面
ゆらすはアメンボの弾ける四肢
魚影の如く