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【3章11話】小説『葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女』「『待ってる』」

第3章11話 「待ってる」

 洞窟の最奥に立つメルの後ろ姿を見つけたとき、アスターは、確かにほっとした。

 メルは大きな姿見の前に立っていた。

 試練に向かうのを見送ったときのまま、ひとり。見たところ、そばに凶器をもった人物もいなければ、魔力の気配もない。


(無事だったか……)


 アスターはひとりごちて、メルに気付かれないよう、そっと岩陰に身をひそませた。

 洞窟の入り口からここまで一本道だった。他に不審者がいるとも考えづらい。
 墓地で女を襲ったのが何者かはわからないが、ひとまずメルが襲われる心配はなさそうだった。

 アスターは、メルが向き合っている姿見を見た。聖女アウグスタの神器。謡い手の素質がない者にとっては、ただの鏡だというが……。


(いったい何を見てるんだ……?)


 そうやって様子を窺ったとき、いきなり、メルの身体が傾いだ。目を見開いたアスターの目の前で、力尽きたように、ゆっくりと倒れていく。
 アスターは岩陰から飛び出した。


「メル! どうした!?」


 抱き起こしたメルの顔は蒼白で、意識がなかった。見えない何かにもだえ苦しむように顔をゆがめている。


「…………リゼ……ル……」


 うわごとのように、誰かの名前を呼んだ。
 アスターの知らない、誰か。
 ここにはいない……──


「待ってろ。今、イリーダ様のところに……──っ!?」


 メルを抱き起こして運ぼうとしたアスターは、見えない障壁に阻まれて立ちすくんだ。


「……!? なんだ?」


 姿見から異様な光があふれて、アスターの行く手をはばんでいた。神々しくすらある、まばゆい光。見る者を安心にいざなうかのような光明。

 その光に、アスターはどこか不吉なものを感じた。まるで、試練から逃げ出すことは許さない、とでもいうような……。


「……まさか、これも試練のうち、なのか……?」


 抱きかかえたメルの細い身体を見た。意識を手放してもなお離さない魂送りの杖を。

 メルを横たえて、聖女アウグスタの神器をにらんだ。光り輝く鏡面に向かって剣を構えた。──神器だろうが何だろうが、ただの鏡だ。


「……。俺は、伝説の聖女も神も信じない。そんなものがいたら、俺の故郷くには滅びなかった!」

 裂帛れっぱくの叫びをあげながら放った剣撃を、再び、見えない障壁がはばんだ。
 剣の衝撃波が鏡を避けるようにして広がり、左右に別れて洞窟の壁面をえぐっていく。

 鏡には、傷ひとつついていない。


(くそっ! どうすればいい!?)


 ──もし、メルが試練を乗り越えられなかったら?

 アスターは、このとき初めて、その可能性に思いいたった。

 はじめから適性がないならいい。神器はただの鏡。何の効果も及ぼすことはない。

 エイニャとレタのように、たとえ適性があっても、試練を受けて帰ってくるならいい。……でも。

 目の前でメルが倒れたとき、アスターは確かに、在りし日のルリアの姿と重ね合わせた。

 亡者の中で死んだ純白の戦乙女。アスターの目の前で、血に染まって死んだその姿に。


(……喪う? こいつを?)


 ぞっと、凍り付いた。

 アスターの目に、メルはずっと、何かに縛られているように見えた。
 魂送りという役割に。
 奴隷という境遇に。
 いつか、それで命を落としても仕方がない、というふうに。

 亡者との戦いに巻き込みたくなかった。
 もう誰も死なせたくなかった。
 その手を取らなければ、喪わずに済む、と。
 
 ──はじめから、誰も、いなければ……。


「何が、はじめからいなければ……だ」


 いつの間にか、こんなにも、喪いたくないと思ってる。

 メルのくれた笑顔が、名前を呼ぶ声が、言いよどむときに髪の毛をいじる癖が、永遠に喪われないことを願ってる。
 ……そんな保証、本当は、どこにもないのに。

 亡者がはびこるこの世界で、安全な場所なんて、本当はどこにもないのに。

 苦しげに浅い呼吸を繰り返しているメルを窺った。その手が虚空をさまよった。
 もうろうとしたまま、呼んだ。


「…………ア……スタ…………」

「! メル……」

「…………──」


 アスターの呼びかけに、気付いた様子はない。

 やわらかくてたおやかな手だった。
 もう何度も手当てしてくれた。傷口をぬぐい、消毒し、包帯を巻いてくれた。……その手を、アスターは取った。温かかった。

 ──守る、という言葉が、卒然と湧いた。

 故郷を喪ってから、一度も思わなかった。
 誰かを守りたいと思うこと。
 そのために自分が剣をとったのだということ。


「俺はもう、聖女や神になんか祈らない。でも──」


 少女の身体を再び抱き起こした。
 その存在を確かめるように、包み込んだ。


「ここにいるから……帰ってこい」


 メルの手を包んで、ともに魂送りの杖を握った。


「俺はここで、おまえが乗り越えるのを……待ってる」


(第3章12話へ続く→ https://note.com/b1uebird88/n/n93b9a1c43d08



✨✨小説『葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女』あらすじ✨✨


 亡者に侵食され滅びに向かう世界で──
 奴隷の少女メルは、荒野の真ん中に取り残されて亡者に襲われていたところを、旅の剣士アスターに助けられる。

 亡者は剣で倒せない。
 とどめを刺すには、弱ったところを魂送りと呼ばれる歌と踊りで、亡者と化したさまよえる魂を葬送する必要があった。
 魂送りをしてアスターの旅についていくことを願うメルだけど、アスターにはある悲しい秘密があって……?

 ──これは奴隷の少女と、孤独な剣士が「帰る場所」を見つけていく物語。


✨本編✨

第1章 魂送りの少女

【第1章1話「荒野の邂逅──声なき叫び」】
https://note.com/b1uebird88/n/nca7dcb3d0e2e

【第1章2話「希望の果てに」】
https://note.com/b1uebird88/n/n014d98877a5f

【第1章3話「亡者よりも……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2e5435ed7cb5

第2章 さまよえる亡霊のごとく

【第2章1話「命知らずな男」】
https://note.com/b1uebird88/n/n7fe8a85a4bde

【第2章2話「旅の理由」】
https://note.com/b1uebird88/n/n1d331168eff7

【第2章3話「不穏な胸騒ぎ」】
https://note.com/b1uebird88/n/nc13ba08efac5

【第2章4話「捜し人の行方」】
https://note.com/b1uebird88/n/n32fceadf426f

【第2章5話「甘やかな追憶」】
https://note.com/b1uebird88/n/n56d2908dfd1a

【第2章6話「女の子だから……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n8c7a7a57ac3b

【第2章7話「戦いにおぼれて」】
https://note.com/b1uebird88/n/nff608220ae60

【第2章8話「甘やかな追憶」】
https://note.com/b1uebird88/n/n5e95652f72de

【第2章9話「死神の足音」】
https://note.com/b1uebird88/n/nfdfcbd4c1e73

第3章 過去をとむらう者 

【第3章1話「葬送の鐘の下で」】
https://note.com/b1uebird88/n/nf443d452af9a

【第3章2話「あらぬ誤解」】
https://note.com/b1uebird88/n/nccd1158e8eec

【第3章3話「影絵の執務室」】
https://note.com/b1uebird88/n/n4c43dc67da69

【第3章4話「仕事──やくめ」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2d857bf35faa

【第3章5話「たちはだかる強敵」】
https://note.com/b1uebird88/n/n9d0c5760219d

【第3章6話「生きているからこそ……」】
https://note.com/b1uebird88/n/nb42519d9ca1e

【第3章7話「闇夜の狼藉」】
https://note.com/b1uebird88/n/n454848dbcd0e

【第3章8話「その瞳の見つめる先に……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2bc3601f8d34

【第3章9話「曼珠沙華の揺れる墓地で」】
https://note.com/b1uebird88/n/n32c9d09e76f1

【第3章10話「羅針盤」】
https://note.com/b1uebird88/n/n05abc32aa96f


✨おまけのショートストーリー(SS)✨

【1章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/n8ab6bca19bb6

【2章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/ne8c77535c122


(※カクヨム様に掲載したものを一部改稿しています。作中に登場する歌詞は、作者本人が作詞したものを、歌手・作曲者の了解のもと使用しています)

(イラスト:漫画家 青木ガレ先生)

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