![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/150369342/rectangle_large_type_2_a5421874ae5b380a704605d295a9d20d.jpeg?width=1200)
小説『葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女』最終章2話「運命の日」
『ねぇ、クロード。あなた最近、ちょっと変じゃない?』
ルリアが言った。城で舞踏会が開かれていた、その会場の片隅だった。
咲き誇る花のように舞い踊る人々の輪から逃げるように、ひとり静かに杯を傾けていたクロードを見つけたのだ。
『……何のこと?』
『なんだか元気なさそうだから。……何か悩んでること、ない?』
ルリアに訊かれて、クロードの心が少しだけ浮き立った。けれど──
『アスターも心配してたんだから。ね?』
──そう続いたのを聞いて、クロードはそっけなく視線を逸らした。
『なんでもないよ』
『…………そう?』
ルリアは変な顔をした。全然、納得していないというふうに。──そんな表情も美しくて可憐だった。舞踏会用の絹のドレス。結い上げたプラチナブロンドの髪で、無垢な白ユリの髪飾りが揺れている。
ちょっと見とれたクロードに、ルリアはふわりと花開くように笑った。
『ほら、そんな顔しないで。大丈夫。……あなたとこの国は、私たちが守るから』
──その言葉が、クロードを突き放す刃になるとも知らないで。
飲み下した葡萄酒が、味もなく喉を焼いていく。
『どうせ僕はお飾りの王子だよ。……君が危険な目に遭ってても、そばで守ることもできない』
『え? ど、どうしたの? ……クロード』
『……なんでもない。ちょっと酔ったから、外で風に当たってくる』
ムリヤリ貼り付けた笑顔の下に本音を隠して、クロードはその場を離れた。
みじめだった。ふたりに気を遣わせている自分が。彼らの純粋なまでの好意が──胸を引き裂くように痛くて……苦しい。
そして、お互いに距離を感じたまま……。
──その日は、訪れた。
ノワールの国土が亡者に埋め尽くされ、城の中にもあふれかえったあの日──
城にいたクロードのもとにアスターが駆けつけてきた。一目で激戦の戦場を抜けてきたとわかる、戦いの跡を残した悲惨な姿で。
……それでも、決死の覚悟で城に戻ってきてくれたのだと知れた。
『──クロード!』
立ち尽くすばかりのクロードの肩を、アスターがつかんで揺さぶった。その感触で、はっと我に返った。
アスターの蒼氷の瞳が、まっすぐクロードを映していた。
『城はもう保たない。ここから離れるんだ。今ならまだ間に合う!』
──間に合う? どの口が、そう言うんだ?
クロードにもわかってる。
おびただしい亡者の群れ。もう城のそこかしこにあふれている。誰も助かりはしない。……葬送部隊として数多の戦場を駆けてきたアスターが、そのことをわかっていないはずがない。
──わかっていながら。
クロードのために、活路を開く気でいるのが知れた。……その身を犠牲にしても。
クロードは唇を噛んだ。
『うるさいっ! なんでこの期に及んで僕のことなんか守るんだよ! この国は終わる。役立たずな王子はそれでお役ごめんだ。……はじめから僕に守られる価値なんかなかったんだ』
『……!?』
『君たちと一緒にいるのが、ずっと苦しかった! つらかった! ──君のせいだ、アスター』
『……俺……?』
『君が僕からルリアを奪ったんだ。君たちが僕を置いていこうとしたんだ!』
唖然として聞いていたアスターの蒼氷の瞳に、怒りがひらめいた。
『……何の話だ、クロード』
『放っとけよ。僕のことなんか、ずっと邪魔だと思ってきたくせに……!』
『……っ。バカなこと言ってないで早く来い。死にたいのか!』
アスターが声に焦りをにじませる。その姿が、ルリアの心配そうな顔と重なって見えた。
──お飾りの王子。
いつも、僕は守られるだけ。
ふたりと肩を並べることもできずに……。
ギリッと歯をくいしばった。
『──君にルリアは渡さない』
その、呪詛のような言葉とともに──
深く深く、踏み込んだ。
『──!?』
アスターが、目を見開いた。
腹から生えた剣を、信じられない面持ちで見下ろして。
剣の柄をつかんだクロードの手がぶるぶると震えているのを、蒼氷の瞳が戸惑ったように映していた。
『クロード……。…………何、を』
ゴボリと血を吐いて、アスターが膝をつく。
その様子を、クロードは瞬きひとつできずに見つめていた。
アスターの唇が、かすかに何かをささやいて。けれど、その言葉をつむぐこともできずに倒れ伏す。
血だまりが音もなく広がっていった。
(……っ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!)
後戻りのできない後悔の波に、クロードがのまれかけたそのとき──
アスターの胸元で、何かが光っているのが見えた。服の下からこぼれ落ちたのは、女物の意匠の十字架だった。ルリアがいつも身につけていたもの。
……大切なはずのそれをアスターに預けたのだと知れた。
それを見て──
クロードの中に、焔が再び燃えたぎった。
背後から、ルリアが泣きながら駆けてくる。
倒れ伏した青年を抱きかかえて名を呼んだ。
何度も、何度も。
『…………ルリア』
『クロード。あなた、何てことを……っ』
『……アスターが悪いんだ……。僕から君を取り上げようとするから。僕を置いていこうとするからっ!』
絞り出すような叫びにルリアが瞠目した。その瞳に、言い知れない怒りが絶望とともにひらめいた。
『何を、バカなことを……っ』
──言いさして。
ルリアは、何も言えなくなったように押し黙った。
(…………?)
不審に思って、クロードは自分の頬に手をやった。
知らぬうちに流れていた涙の感触にはっと息をのんだ。
……胸が詰まった。
──何を泣く?
……自分で殺しておいて。
取り返しのつかないあやまちを冒しておきながら。
ふたりを喪いたくなかった。
肩を並べて歩いていきたかった。
でも、そうするには何もかも違いすぎて。
宝物みたいなふたり。
大切だったからこそ、喪うのが怖かった。
自分で壊して、めちゃくちゃにした。
『…………僕、は……っ』
アスターを刺した剣が、カランと床に転がって。
嗚咽しながら膝をついた。
『うわぁぁぁぁ……!!』
泣き崩れたクロードを、ルリアは静かに涙を流しながら見ていた。事切れて青ざめたアスターの身体を抱いて。
遠く遠く、遠雷のような轟音が響いた。
亡者どもに侵攻されて城のどこか一角が崩れ落ちた音。
ここもそう永くは保たない……。
『…………。たくさんの死者の魂が渡ってく……』
ルリアが言った。熱に浮かされたように、ぽつりと。謡い手である彼女にしか見えない、どこか遠くの情景をその瞳に映すように。
──やがて、クロードにもわからない悲壮な決意に、表情を引き締めた。
『今なら〈死者の門〉が開いてる。……まだ間に合うわ』
『何、を──』
『私の謡い手としての最期の力を使って〈死者の門〉を閉じるの。……これ以上、亡者たちがこちらへ渡ってこれないように。そして──……』
そこから先は言いよどんだ。
まるで誰かに聞かれることを怖れるかのように……。
掻き抱いていたアスターの身体をそっと横たえて、紫水晶をはめた宝杖を手にした。
その黄玉の瞳が、凜とした光を帯びた。
『クロード。──あなたに、アスターは殺させない』
ルリアのもつ宝杖が輝きを増していく。
プラチナブロンドの髪とドレスが、風もないのにはためいて──
歌が、高く高く響いた。
この世のものとは思えないほど美しい末期の歌声。
謡い手としての力を最大限に使って、自分の魂を彼岸へと葬送るのだと知れた。もちろん、生身の人間がそんなことをして無事でいられるわけがない。……それでも。
すべてをなげうってでも助けたい、大切なひとのため。
──彼女自身の魂を葬送るための、魂送り。
『嫌だ。ルリア、そんなことしたら君が……!』
『…………クロード』
『なぜそこまでする。そんなにあいつが大事なのか!』
『…………っ』
ルリアは一瞬、ひどく悲しそうな顔をした。
何かを言おうとして……。
けれど、結局は何も言えずに、貝のように口を閉ざす。
ルリアの姿が目もくらむような光に包まれて見えなくなった。
肉体を離れて、魂が彼岸へと飛び立っていく。
『ルリア、嫌だ。逝くな……!』
クロードは闇雲に手を伸ばした。
けれど、何もつかめなくて。
巻き起こる暴風に、息もできない。
「やめろぉぉぉ……っ!!」
身を裂くような悲痛な叫びが、どこにも届かずに、消えた。
(最終章3話へ続く→ https://note.com/b1uebird88/n/n69887faef4ca)
✨✨小説『葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女』あらすじ✨✨
【💕祝☆電撃小説大賞 二次選考通過💕】
亡者に侵食され滅びに向かう世界で──
奴隷の少女メルは、荒野の真ん中に取り残されて亡者に襲われていたところを、旅の剣士アスターに助けられる。
亡者は剣で倒せない。
とどめを刺すには、弱ったところを魂送りと呼ばれる歌と踊りで、亡者と化したさまよえる魂を葬送する必要があった。
魂送りをしてアスターの旅についていくことを願うメルだけど、アスターにはある悲しい秘密があって……?
──これは奴隷の少女と、孤独な剣士が「帰る場所」を見つけていく物語。
✨本編✨
第1章 魂送りの少女
【第1章1話「荒野の邂逅──声なき叫び」】
https://note.com/b1uebird88/n/nca7dcb3d0e2e
【第1章2話「希望の果てに」】
https://note.com/b1uebird88/n/n014d98877a5f
【第1章3話「亡者よりも……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2e5435ed7cb5
第2章 さまよえる亡霊のごとく
【第2章1話「命知らずな男」】
https://note.com/b1uebird88/n/n7fe8a85a4bde
【第2章2話「旅の理由」】
https://note.com/b1uebird88/n/n1d331168eff7
【第2章3話「不穏な胸騒ぎ」】
https://note.com/b1uebird88/n/nc13ba08efac5
【第2章4話「捜し人の行方」】
https://note.com/b1uebird88/n/n32fceadf426f
【第2章5話「甘やかな追憶」】
https://note.com/b1uebird88/n/n56d2908dfd1a
【第2章6話「女の子だから……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n8c7a7a57ac3b
【第2章7話「戦いにおぼれて」】
https://note.com/b1uebird88/n/nff608220ae60
【第2章8話「甘やかな追憶」】
https://note.com/b1uebird88/n/n5e95652f72de
【第2章9話「死神の足音」】
https://note.com/b1uebird88/n/nfdfcbd4c1e73
第3章 過去をとむらう者
【第3章1話「葬送の鐘の下で」】
https://note.com/b1uebird88/n/nf443d452af9a
【第3章2話「あらぬ誤解」】
https://note.com/b1uebird88/n/nccd1158e8eec
【第3章3話「影絵の執務室」】
https://note.com/b1uebird88/n/n4c43dc67da69
【第3章4話「仕事──やくめ」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2d857bf35faa
【第3章5話「たちはだかる強敵」】
https://note.com/b1uebird88/n/n9d0c5760219d
【第3章6話「生きているからこそ……」】
https://note.com/b1uebird88/n/nb42519d9ca1e
【第3章7話「闇夜の狼藉」】
https://note.com/b1uebird88/n/n454848dbcd0e
【第3章8話「その瞳の見つめる先に……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2bc3601f8d34
【第3章9話「曼珠沙華の揺れる墓地で」】
https://note.com/b1uebird88/n/n32c9d09e76f1
【第3章10話「羅針盤」】
https://note.com/b1uebird88/n/n05abc32aa96f
【第3章11話「『待ってる』」】
https://note.com/b1uebird88/n/ncb0ea5502056
【第3章12話「光と影」】
https://note.com/b1uebird88/n/n93b9a1c43d08
【第3章13話「世界の彩り」】
https://note.com/b1uebird88/n/n830072bfb261
【第3章14話「忘れない」】
https://note.com/b1uebird88/n/n020fb41d142b
第4章 鍵の開いた鳥かごで
【第4章1話 天使の微笑み】
https://note.com/b1uebird88/n/nb019de428418
【第4章2話 文字は語らない】
https://note.com/b1uebird88/n/nc524af4dfe45
【第4章3話 足枷の重み】
https://note.com/b1uebird88/n/ndeceecf9f314
【第4章4話 嵐の再会】
https://note.com/b1uebird88/n/n52b0ba177648
【第4章5話 揺れる天秤】
https://note.com/b1uebird88/n/ne409762b6885
【第4章6話 父子の語らい】
https://note.com/b1uebird88/n/n752997a976ff
【第4章7話 欲しかったのは……】
https://note.com/b1uebird88/n/n2130d6517e32
【第4章8話 選択の時】
https://note.com/b1uebird88/n/n50e649048c5b
【第4章9話 青年の裏切り】
https://note.com/b1uebird88/n/ncc1d04f1b0f8
【第4章10話 嘘つき】
https://note.com/b1uebird88/n/ne7be9dab66fc
【第4章11話 薄緑色の灯火】
https://note.com/b1uebird88/n/n3e0133ad4208
【第4章12話 助ける理由】
https://note.com/b1uebird88/n/n2d34a01949d3
【第4章13話 幸福の温度】
https://note.com/b1uebird88/n/n115bb4a4ea32
第5章 逢魔ヶ時の邂逅
【第5章1話 夢と現の狭間で……】
https://note.com/b1uebird88/n/n30b1b16bc2fc
【第5章2話 砂の音色】
https://note.com/b1uebird88/n/nff14c109191f
【第5章3話 暗闇の先に……】
https://note.com/b1uebird88/n/n698b684794bc
【第5章4話 黄昏色の病室】
https://note.com/b1uebird88/n/nfc3eb2137f88
【第5章5話 命の値段】
https://note.com/b1uebird88/n/n69a933a9fead
【第5章6話 見えない断崖】
https://note.com/b1uebird88/n/n9e5d052c4be0
【第5章7話 坂道を転がり落ちるかのように……】
https://note.com/b1uebird88/n/nf226f80d409e
【第5章8話 迷子の亡霊】
https://note.com/b1uebird88/n/n7eaafd2dd7fc
【第5章9話 ぎらついた野望】
https://note.com/b1uebird88/n/n78238aacc810
【第5章10話 災厄の箱】
https://note.com/b1uebird88/n/n99cd6e8b5cd2
最終章 氷と焔の輪舞曲
【最終章1話 王子の憂鬱】
https://note.com/b1uebird88/n/n175e53d68274
✨おまけのショートストーリー(SS)✨
【1章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/n8ab6bca19bb6
【2章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/ne8c77535c122
【3章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/n5837590b4462
【6000PV感謝SS】
https://note.com/b1uebird88/n/n44fc9419ff67
【7000PVありがとうSS】
https://note.com/b1uebird88/n/n946a11285259
【4章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/nc86dfe05f6f5
【人気キャラ投票ありがとうSS】
https://note.com/b1uebird88/n/n1f5a4f0bb760
【5章完結SS】
https://note.com/b1uebird88/n/n213b3ab664c8
(※カクヨム様に掲載したものを一部改稿しています。作中に登場する歌詞は、作者本人が作詞したものを、歌手・作曲者の了解のもと使用しています)
(イラスト:漫画家 青木ガレ先生)