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ポケベル

その男の名は T先生。

日本人で30代後半~40代くらい
でもきっと年齢より老けた印象を与える男。

T先生は
毎晩のように
わたしが店長をしてた店に ご飯を食べに来た

私がいつも立ってるレジ脇で
私が忙しくないときにいつでも話せるように
カウンターの隅で
いつもひとりで ご飯を食べてた

T先生は独身なのか、単身赴任なのか
いや
きっと独身だな。

中年太りがはじまったようなおなかに
よれよれのジャケットを羽織るか
よれよれのワイシャツを腕まくりして。

「○○さん(私のこと)、今度デートするか?」
とか
「うち遊びに来るか?」
とか言うくせに

「いいよ。今度T先生の家に遊びにいくよ。ワイン持ってけばいい?」
と言うと
「ま、まじ?」
と言って、怖気づくような感じの
からかい甲斐のある、かわいいおっちゃん


そうやってくだらない話をしながら
盛り上がってくると
決まって
T先生のポケベルが鳴った


ポケベルが鳴ると
T先生はすぐに行かなくてはならかった

だからT先生はいつも
時間のかかる料理は注文しなかった


T先生のポケベルが鳴るのは
誰かが亡くなる合図

そう知ったのは、T先生がお店に来るようになって
何度目かのポケベルの呼び出しの時


私のいたお店は 大きな病院のすぐ近くで
その病院に1年ほど 日本から来ていた
心臓移植専門の先生だった


ポケベルの音は
誰かの悲しみと
誰かの喜びが
混じった 複雑な音。

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