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ここをもっと好きになりたい。そのために努力ができる場所だから。
「あずちゃんはなぜこの場所に決めたの?私はまだどこで暮らしたらいいかピンとこなくて、むしろ飽き性だからこそ、どこかに家を借りてしまうことに対して、どうせ飽きるしな・・・という感覚も強いの。かといって、永遠に無拠点生活も違う気がするし、移住の決め手ってなんだった?」
アドレスホッピング的に暮らしている仲間たちからそう問われることが増えた。
わかるなぁと思う。私も同じようなことに悩んでいた。
*
そもそも数年前、私は東京の家にいることに息が詰まり、半分家/半分ホテルの暮らしをはじめた。当時から、全国をふらふらしつつワーケーション的な何かを楽しんでいたけれど、それはなんというか絶妙にしっくりこず、「旅行先で仕事するくらいなら、旅行は旅行って割り切ったほうが楽しくね?」とさえ思っていた。
たかだか数日から数週間のワーケーションで、そこに移って暮らしたいかなんて到底わかるわけもない。半分家/半分ホテルの暮らしは、私は半年ほどで飽きてしまった。
その後、家を借りたままだとよくわからないことのほうが多いと無拠点生活へ移ったのだけど、旅暮らしをはじめた当初に考えていたのは「いつかこの暮らしのなかで、ここがいいと思える地域やコミュニティに出会えたらいいな」ということだった。
つまりは移住先をみつけたかった。よくある旅暮らしの理由の一つだ。
だけど、じゃあそんな暮らししてみて、1つずつ選択肢を塗りつぶすような暮らしができていたのか?と言われれば全くの逆。旅暮らしを10ヶ月ほどしてもなお、やっぱり私はまだどこに住みたいか悩んでいて、逆にどんどんわからなくなっていた。
あそこもいい。あっちもいい。でも別に、そこである決め手はない。
私たちフリーランスは、パソコン1台さえあればどこでだって働ける。でもそれは同時に、どこでも働けるからこそ決められず、どこでも暮らせるからこそどこにも根付けないという事態を引き起こす。
事実、旅暮らしをはじめた10ヶ月ほどたったとき、私はやっぱりまた東京で暮らそうと物件をみていた。なんだかんだいって一番便利。決定打はないけど、嫌な理由も別にない。簡単にいえば、無難だった。
福岡や札幌や沖縄という地方都市も同じような理由で私にはしっくりこず、東京ではその後いくつかの物件を内覧した。でも、一度もうここでの暮らしはいいか…と思った場所に、やっぱりあまりしっくりはこなかった。「はてどうしたものか・・・」という迷いのなかで訪れた館山、私はそこに2週間程度で家を借りた。
「すごい決断だね。決め手は?」
あれ以降、毎度聞かれて、毎度悩んでいる。正直、電気が走るようなビビビがあったわけじゃない。なんとなく、この場所に住んでみようと思ったし、そうしないと何もわからないような気がした。
*
私には、旅暮らしをしてみてわかったことがある。
それは「移動しながら暮らしている人」という見え方では、本当の意味で地域やコミュニティの一員になれることはないということである。
「旅行者」としてみられるということは「観光客」としてみられることであり、「消費側」であって「一緒に企てていく側」にはなりえない。加えて、自分自身の考えも、「めんどくさいことは避けたい」「別に今が楽しければそれでいい」「ここで時間のかかるなにかは作れない」という思考になりがちである。
距離を置くことでの心地よさはある。けれど、距離を詰められないことでのつまらなさもある。
時間をかけない楽さはある。けれど、時間をかけない短期的なものにそうそう深い面白さもない。
巷ではよく「1週間のワーケーションで移住体験」なんて謳い文句をよくみる。でもねぇ、わかりませんよ、そんなもの。街のどこにスーパーがあって、ここの宿のオーナーさんはいい人で、周りの自然は豊かで、食事と空気がおいしくて・・・そんなこと、今やどこにだってあるのだから。
「なぜあずちゃんはここに決めたの?」
「私はここがわからなかった。だけどもっとわかりたいと思った。ここでななら好きになろうと努力ができる。だから決めたよ。」
冒頭の質問に、最近はそんなふうに答えている。
街の行事参加も、近所を歩いているなかでの町内会のご挨拶も、眠い中での3次会も、ちょっとあれやってほしいへのお手伝いも、ここでは苦にならないし、それが嬉しいとさえ思っている。
「完全に好きになったからお付き合いしましょう」ではなく、「まだあなたのことよくわからないけど、もっと時間をかけて知ってみたいと思ってしまったから、だから一緒にいてほしいです」。そう思える関係性を選びがちなのは、パートナーにおいても地域においてもきっと同じことなんだろうなと。
人は「分かり合えなさ」の絶望に対し、目の前の相手との関係性を断ち切ることによって、なんとか自らの精神的なバランスを保とうとする。 でも、その「人間同士が絶対に分かり合えない」という絶望を経てもなお、目の前の相手との関係性を投げ出さないこと。それが真のパートナーシップだと僕は思う。
私の尊敬する鳥井さんはそう呟いたけれど、私はいまその言葉が、地域においてもパートナーにおいても同じなんだろうなと思っている。
「パーフェクト」なんてすべての事象においてきっとない。それがわかった今、そのうえで、だからこそ、時間と回数をかけながらもっとここを知っていきたいと思える場所。
館山という地で暮らしてもうすぐ8ヶ月。まだまだホヤホヤカップルのようにどんどん好きが増えていく街と人に、真のパートナーシップは遠いななんて気持ちもあれど、そんな街と人たちに出会えて幸せだな。
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![あず(蓑口亜寿紗)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/123587528/profile_daf2573aca45a9424b2e6995bb423916.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)