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本当の味方

 私の人生の中で最も痛烈に学んだ教訓があります。

「一緒に病気になってくれる人は、味方のフリをした怠け者であり、
 一緒に病気と闘ってくれる人こそ、本当の味方である」

 この記事は、正直この一言で完結してしまいます。後の全ては蛇足だと思ってください。

 他の項でも述べたとおり、【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】は社会的に不利な立場に置かれやすい性質を持っています。そのためイジメや家庭内での不和が原因で鬱病、不安障害、PTSDなどを発症しやすいと言えるでしょう。
 これは本人が【シフティング/Shifting】を満足にコントロール出来なかったがために問題行動を起こした結果生じてしまう場合もあります。
 しかし逆に家族や教師、クラスメイトといった当人が身を置く環境の方にこそ問題がある場合も少なくありません。本人が常日頃から危機的状況に置かれているため、やむなく動物的本能が【覚醒/Awakening】してしまったパターンもあります。
【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】の大半は幼少期に辛い思いをしています。
 心身ともに傷付き、だからこそ寄る辺を求めてインターネットにコミュニティを作り上げました。そして同じ悩みを抱えた訪問者が現れた際には、「共に自らの性質と戦う仲間」として受け入れてきました。
 だからこそ【セリアン/Therian】のコミュニティは当事者にとって特別なものに成り得る事を、他の項では説明しました。

 ただ。

 コミュニティの性質として絶対に間違ってはならない事が一つあります。

「一緒に病気になる事」を選んではいけません。その選択はコミュニティの構成員一人一人を腐敗させ、人生を台無しにする最悪の選択です。
「一緒に病気と闘う事」が出来てこそ、自分たちの人生に立ち向かえるようになります。
 無論、時には互いの辛い経験を慰めうことも大切ですが、傷の舐め合いに終始しては意味がありません。それではますます苦難だった過去に囚われて、鬱病やPTSDの症状を酷くしてしまうだけになります。

 病は命を脅かす敵です。
 現代社会そのものが、心の病を煩わせてしまう温床と化しているのも事実と言えるでしょう。
 だからこそ、一人ひとりが病根となり得る負の影響と戦って、自分をより真の幸福へと近づけられる努力をする事が何よりも尊い事だと私個人は考えます。

「ネズミのユートピア/Rat Utopias」と「ビヘイビア シンク/Behavioral Sink」

 1960年代、「ジョン・バンパス・カルフーン/John Bumpass Calhoun」氏の率いる研究チームは、ラットを使った動物実験を行ったと記録されています。
 実験そのものは「外敵のいない限定された空間でラットを飼育する」という非常に単純なものでした。餌も水も巣の材料も常に不足なく供給され、何不自由ない生活を送っていたラットたちは、繁殖を繰り返して一定数まで増ました。しかし「衣食住が保障された安全な環境」であるにもかかわらず、実験環境に置かれたラットは最終的には絶滅したとされています。絶滅前には育児放棄、子供の虐待、暴力に対する無抵抗化、引きこもりなど、現代の人間社会で問題視されている行動がそのまま観測されたといいます。
 実験の結果、カルフーン氏は「利用可能な空間がすべて取られ、社会的役割が埋まると、競争とストレスがそれぞれの個体の社会行動を完全に破壊し、最終的に個体数が終焉を迎える」と結論付けたそうです。この現象は「ビヘイビア シンク/Behavioral Sink」と呼ばれ、都市社会学や心理学に大きな影響を与えました。

 現代の都市社会を生きる我々は、ラットの実験とほぼ同じ状況に置かれていると言えます。実際に育児放棄、子供の虐待、引きこもりは大きな社会問題として取り上げられていますし、暴力に対する無抵抗化がイジメをさらに加速させてしまう事も明らかとなっています。「マーティン・セリグマン/Martin E. P. Seligman」氏が提唱する「学習性無力感/Learned helplessness」はイジメをさらにエスカレートさせる悪循環を生む心理的メカニズムとしてよく取り上げられます。「パブロフの犬」としてよく知られる「オペラント条件付け/Operant Conditioning」ですが、「何をしても無駄だ、どうせ自分は助からない」という刷り込みをされてしまうのがこの「学習性無力感/Learned helplessness」です。この実験に用いられた動物は犬でしたが、人間にも同様の刷り込みが行われる事が明らかになっています。ストレスも病も種族を超えた問題であると言えます。

まずは助かりたいと思うこと

 どんな名医でも「助かりたい」と思っていない患者を救う事は出来ません。だから患者に最も必要な事は「助かる覚悟をする事」です。

 長期間ストレスの多い環境に晒された人は、「不幸な状態から脱する事に逆に恐怖するようになる」という心理作用が働く事が明らかになっています。自分自身を真に幸福にするためには、まずこの「不幸な状況から脱する事に対する恐怖」を克服しなければなりません。
「治りたいと願う患者」しか医者は治す事が出来ません

 だからこそ、【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】のコミュニティは「一緒に病気になる」事ではなく「一緒に病気と闘う」事を目指さなければなりません。
 ラットの実験の二の舞になってはなりません。

 生きるとは本来大変な事です。
 ですが大変だからこそ取り組む意味があるのだと私個人は信じています。

 我々【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】はきっと「大人の人間」になる事は出来ません。生まれつき種族が違うのですから。
「普通の人とは違う自分」が、どうやって「普通の人」と共に生きていくのか。その「正解」は当事者の数だけ存在するはずです。その「自分の正解」を見つけ出す事こそが【セリアンスロピー/Therianthropy】や【アザーキニティ/Otherkinity】の取り組みです。

 当noteが皆様の「自分だけの正解」を見つけ出す一助になれば幸いです。