【種族違和/Species Dysphoria】について
性同一性障碍の方が感じる「自分の間違った性別」に対する不快感や嫌悪感の事を「性別違和/Gender Dysphoria」と呼びます。それと同様に【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】も「自分の間違った種族」に対して不快感や嫌悪感を覚える事があり、これは【種族違和/Species Dysphoria】と呼ばれています。【種族違和/Species Dysphoria】は【セリアンスロピー/Therianthropy】や【アザーキニティ/Otherkinity】が持つ最大の負の側面と言えるでしょう。
まず初めにお伝えしなければならないことは、必ずしも全ての【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】が【種族違和/Species Dysphoria】を覚えるわけではないことです。これは必ずしも全ての性同一性障碍の方が「性別違和/Gender Dysphoria」を感じるわけではない、正確には自分の肉体的な性別や社会的な立場を「本来の自分の性別」に近付けていくにしたがって「性別違和/Gender Dysphoria」が段階的に薄れていくのと同じで、個人の置かれた状況や環境次第で個々人の心理状態は回復する可能性があります。
なので、【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】であり続けるために【種族違和/Species Dysphoria】に苛まれ続ける必要はありません。個々人の心理状態が回復するのはむしろ喜ばしい事です。
性同一性障碍の方々に関する臨床データの蓄積や、【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】のコミュニティでの議論により、【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】の【種族違和/Species Dysphoria】もどうすれば被害を軽減出来るかという予測が立っています。
結論から先に申し上げるなら、「本人の【セリオタイプ/Theriotype】を尊重し、本人の本来の種族として扱う」事によって【種族違和/Species Dysphoria】はある程度軽減されます。また、「本人の【セリオタイプ/Theriotype】を強く自覚できる行為」に没頭出来る環境を作ることでも【種族違和/Species Dysphoria】をある程度軽減できる事が分かっています。
そのため【セリアン/Therian】同士【アザーキン/Otherkin】同士が「在りのままの自分」でいられるコミュニティは【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】にとってかけがえのないものになり得ます。
また、セカンドライフ(Second Life) や VRChat などが本人にとって重要な居場所になる事もあります。自分の【セリオタイプ/Theriotype】の自画像をアーティストに頼んで描いてもらう方もいます。頑張って自分で絵を描く方も少なくありません。
【種族違和/Species Dysphoria】に対する対策
コミュニティで議論された【種族違和/Species Dysphoria】に対する対策は以下のようなものがあります。
他の【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】と対話する事によって、互いに「本当の自分」で居られるような環境に身を置く。
他の【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】に貢献する事により、本人の「群心理(Pack mentality)」を充足させる。(ただし「群居性(Gregarious)」ではない【セリオタイプ/Theriotype】を持つ【セリアン/Therian】にとっては有効に機能しない可能性がある。)
自分の【セリオタイプ/Theriotype】を表す創作活動に従事し、自分の【セリアンスロピー/Therianthropy】を表現する。
SecondLife や VRChat などのメタバースで自分の【セリオタイプ/Theriotype】のアバターを構築し、「本当の自分」で居られる時間を増やす。
【セリアンスロピー/Therianthropy】に関する自分の考えを文章化して日記に記す
【瞑想/Meditation】などを通じて意図的に【ファントムシフト/Phantom Shift】を行い、自分の【セリオタイプ/Theriotype】を強く意識することで自己の充足を図る。
着ぐるみ(Fursuit) を着用して自分の【セリオタイプ/Theriotype】を強く実感する。
犬や猫など、自分の【セリオタイプ/Theriotype】に近い動物と物理的に触れ合う。
人目につかない自然の中で動物的な衝動を発散する。
自分の【セリオタイプ/Theriotype】に関連するコンテンツに触れる。絵画、映画、音楽、文学、等、種類は問わない。
周囲に自然がない場合、自然を想起させる動画や音楽などに触れてリラックスするよう努める。
ゲームで自分の【セリオタイプ/Theriotype】の衝動を発散する。
こういった行動が個々人の【種族違和/Species Dysphoria】に対する対処法として上手く機能した、という体験談が挙がっていました。
【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】も、本来はこの「【種族違和/Species Dysphoria】に対する対処法」の一つに過ぎなかったはずです。ですので、「【種族違和/Species Dysphoria】に対する対処」としてごく個人的に【クアドロビクス/Quadrobics】を行ったり【セリアン ギア/Therian Gear】を身に付けたりする事には、私は一切反対しません。
しかし、いつしか【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】を撮影した動画のインプレッション数だけが持て囃されるようになり、「【種族違和/Species Dysphoria】に対する対処法」という本来の目的が失われてしまったような印象を受けます。私個人としては、この現象を遺憾に思っています。
【種族違和/Species Dysphoria】に対する対処法は人それぞれです。【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】が【種族違和/Species Dysphoria】に対する対策として有効に機能するかどうかは個人差が激しいので、【セリアン/Therian】全てが従事しているわけではありません。
大切なのは個々人が幸福になる事です。TikTokなどで漠然と【セリアン/Therian】に興味を持ってコミュニティに入ってきた方であっても、自分自身と向き合って何が本当に自分を幸福に導いてくれるかを見出せると良いかと存じます。
【セリアン/Therian】とロールプレイヤーの目的意識の違い
もしもあなたが【セリアンスロピー/Therianthropy】そのものには興味がなく、【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】についてのみ興味がある場合、あるいは「日本のテリアンのコミュニティ」で誰かと動物のロールプレイをして楽しむことに充実感を覚える場合、あなたは【セリアン/Therian】ではなく【アザーハーテッド/Otherhearted】や【コーピングリンク/Copinglink】やロールプレイヤーかもしれません。少なくとも「【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】を楽しみたいから【セリアン/Therian】になる」というアプローチは、目的と手段が逆転しているように私には思えます。元々【クアドロビクス/Quadrobics】も【セリアン ギア/Therian Gear】も【種族違和/Species Dysphoria】に対する対策の一つに過ぎなかったのですから、手段のために目的を選んでいるように私には思えてしまいます。
例えるならば「車に乗りたいから旅行にいく、鉄道に乗りたいから旅行にいく」ようなものです。単に車に乗りたいだけならドライブすればいいでしょうし、鉄道が好きなら旅行以外にも鉄道に親しむ方法があるのではないでしょうか? 目的地はどこでもいいからとにかく車や鉄道に乗るために旅行するというのは、なんだか手段と目的が倒錯しているように私には感じられます。
少なくとも車が好きな方は車好きのコミュニティに入るべきだと思いますし、鉄道が好きな方も鉄道好きのコミュニティに入るべきではないでしょうか? 旅行好きの方のコミュニティに入ってしまうと本来の目的が達成できないような気がしてなりません。
その延長線で言えば、【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】を楽しみたいから【種族違和/Species Dysphoria】に苛まれたいという願望は全く理に適っていません。「薬が飲みたいから病気になりたい」ようなものです。前述のとおり、【クアドロビクス/Quadrobics】や【セリアン ギア/Therian Gear】といった趣味を否定するものではありませんが、少なくとも自分の趣味を正当化するために自分から病気になるような真似はお勧めできません。もっと健全な趣味を見つけてはどうでしょうか?
「本来の自分ではない誰かの役を演じる事」に何らかの充実感や楽しみを見出す方は、【セリアン/Therian】のコミュニティよりもむしろロールプレイヤーの方々のコミュニティに参加した方がもっと楽しめるかもしれません。
「なりきりチャット」のようなロールプレイヤーのコミュニティが日本国内にもあるはずです。海外にもロールプレイヤーのコミュニティは存在し、自分が設定したオリジナルキャラクターとして他の参加者の方々と交流する事を目的にしている場所もあります。MMORPGの中には「ロールプレイング(役を演じる)」に主眼を置いて、自分が作ったキャラクターになり切って冒険する事を目的にしているタイトルも存在します。また、テーブルトークRPGの大御所として知られる「D&D」ことダンジョンズアンドドラゴンズ(Dungeons & Dragons) も海外では根強い人気を誇っています。D&Dは非常に有名なタイトルなので、日本にもプレイヤーの集まりがあるかもしれません。
ロールプレイを楽しむ事は悪い事ではありません。「本物の」【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】であってもロールプレイを趣味として楽しむ方も大勢いらっしゃいます。
他の記事でも述べていますが、【アザーハーテッド/Otherhearted】や【コーピングリンク/Copinglink】である事は悪い事でもなんでもありません。ただ、【セリアン/Therian】は「演技をしない本来の自分」が動物であるのに対し、【アザーハーテッド/Otherhearted】や【コーピングリンク/Copinglink】の方々は「動物の演技をする事に何らかの充実感を見出す」方々であるため、非常に根本的な部分で認識の違いが浮き彫りになる可能性があります。
お互いの違いをお互いが認め合って平等に接する事が出来るのであれば、お互い平和的に暮らせるのでしょう。しかし私の個人的な経験では、この「根本的な部分での認識の違い」こそが争いの火種になったケースが非常に多いです。お互いに無理をしながら付き合うのは精神衛生上好ましくないため、適切なソーシャルディスタンスを取ってゾーニング出来る方が好ましいのではないかというのが私の意見です。
結論
端的に言うのであれば、【種族違和/Species Dysphoria】は「克服すべき障害」であって、【セリアンスロピー/Therianthropy】は「上手い付き合い方を見つけるべき特徴」です。【セリアンスロピー/Therianthropy】そのものは一概に良いとも悪いとも言えない特異性ですが、【種族違和/Species Dysphoria】は心理状態を悪化させる原因にしかならないため、感じないに越したことはありません。そのためにこそ【セリアン/Therian】のコミュニティは存在するべきです。互いに「在りのままの自分」でいられる環境を作り、お互いの【種族違和/Species Dysphoria】を低減する事こそが、【セリアン/Therian】のコミュニティの目的の大部分を占めると言っても決して過言ではないでしょう。
「人として当たり前のこと」を他者から強要される事を好まない【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】は多いです。本人の【セリオタイプ/Theriotype】次第では「人として当たり前のこと」に従事する事が【種族違和/Species Dysphoria】を悪化させてしまうリスクに直結する場合もあるからです。【セリオタイプ/Theriotype】次第にはなりますが、個々の動物種が持つ習性は人間の生活様式とかけ離れている事も多いです。
これは私個人の仮説でしかありませんが、自分の【セリオタイプ/Theriotype】の動物行動学的特徴が人間の生態と違っていればいるほど、ギャップの大きさが直接的に【種族違和/Species Dysphoria】の深刻さに反映されるのではないかと予想しています。なので、普通の一般の人間の方には一切気にならない事であっても、個々の【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】にとっては多大なストレスとなってのしかかる事も少なくありません。特に狼や熊やライオンなど、人間とあまり接触せずに暮らしている生き物ほど、生活様式や文化的なギャップが大きくなってしまうのではないかと考えられます。
しかしそれでも人間の社会に籍を置いて暮らす以上、どこかで妥協点を探して生きていかなければなりません。我々【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】は「人間のロールプレイ」をしなければ社会に溶け込めず日常生活も送れません。その苦労は「元々人間で、趣味として動物のロールプレイをしている方々」にはなかなか分かっていただけないのではないかと思います。その認識の差こそが一番の争いの火種になります。
我々は争いを好みません。だからこそ多くの【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】が閉鎖的なコミュニティを形成して内輪だけでまとまるという現在のスタイルに落ち着いています。そして経験豊富なベテランの【セリアン/Therian】や【アザーキン/Otherkin】の方々が表舞台から姿を消したからこそ、経験の浅い若い世代がSNSで悪目立ちするようになってしまったのでしょう。
私は「趣味としてのロールプレイ」には一切異を唱えませんし、【クアドロビクス/Quadrobics】も【セリアン ギア/Therian Gear】も個々人が趣味としてやる分には全く問題ないと思います。
ただ、お互い正しいラベルで自分自身を認識し識別出来ると良いとは思っています。せっかく【アザーハーテッド/Otherhearted】や【コーピングリンク/Copinglink】という言葉が「開発」されたのですし、或いは単に【セリアン/Therian】と「テリアン」で住み分けするだけでも良いのかもしれません。いずれにせよゾーニングが出来る事が望ましいと考えています。
とはいえ、私個人としては「テリアン」の方々にも【セリアンスロピー/Therianthropy】がどのような歴史を持っており、「テリアン」のルーツがどこにあるのかについて少しは興味を持っていただけると嬉しいです。「そもそも可能性が存在しない」のと、「選択肢はあるけれど選択しない自由もある」のとでは大きな違いが生まれます。
しかし私は強要しません。図書館の目的は利用者の選択肢を増やす事です。なので、【セリアンスロピー/Therianthropy】に興味を持ってほしいというのは私のごく個人的な願望でしかありません。私は利用者の「読む権利」も「読まない権利」も尊重します。
いずれにせよ、私は皆様の心の平穏を願っています。【セリアンスロピー/Therianthropy】は克服する必要はありませんが、【種族違和/Species Dysphoria】は克服出来た方が望ましいです。当館の情報が皆様の【種族違和/Species Dysphoria】を少しでも和らげる手伝いができるのならば幸いです。