#時をかける少女 【日々のツイトレ】
※2020.4.18satのTwitterトレンドワードより
4月10日に亡くなられた大林宣彦監督の映画作品『時をかける少女』が昼に日本テレビで放送されました。
映画は1983年公開の作品ですが、原作は筒井康隆先生の同名のジュブナイルSF小説。1970~1980年代でのジャンル分けで考えると、今でいうところのSFライトノベルに近い立ち位置かもしれません。
女優・原田知世さんの映画初主演作品で、当時、多くの原田知世ファンを生み出したことは有名です。
2006年に公開された細田守監督のアニメ映画『時をかける少女』の方が、最近ではテレビなどで目にすることも多く、世代によってはアニメの方が知名度が高いのではないかと思います。
そういえば、大林宣彦監督の実写映画の方がテレビで放送されることは、最近あまりなかったかもしれません。
大林宣彦監督作品『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』は尾道三部作と呼ばれています。
大林宣彦監督の出身地である広島県の尾道を舞台とした映画作品の大ヒットを受けて、多くの観光客が尾道を訪れました。
今でこそ「映画の街・尾道」とされていますが、当時、造船の街だった尾道は造船業の翳りが色濃く出ていました。大林宣彦監督作品が、映画観光の街へとイメージを一変させたのです。
最近では「聖地巡礼」という言葉があるように、映画やアニメの舞台となった街や撮影地などを訪れることが文化として確立されています。尾道は、現在多くの街で採用されているような、街全体のバックアップを得て作品を制作するフィルムコミッションのシステムの先駆けだったと言えます。
尾道の街にとって、大林宣彦監督は功労者と言えるでしょう。
私にとって、尾道は「暗い」というイメージが強い……「暗い」といっても、街の雰囲気が暗いとか、そういった意味ではありません。私にとって、尾道は夜の街なのです。
子供の頃、父が尾道に転勤になりました。実家から通勤可能な範囲だったので、父は毎日車で通勤をしていました。
そんなこともあって、よく尾道では家族で一緒に食事をしたのですが、残念なことに何を食べに行っていたのかあまり記憶がありません。
尾道からの帰宅は、いつも食事を終えて夜遅くでした。
私は父の運転する車の後部座席に座り、窓から暗くなった空と流れていく街の明かりを車酔いと戦いながら眺めていました。いつもカーステレオからRCCの広島カープの野球中継が流れていました。
帰宅する頃には、半分寝ぼけ眼の私は、明かりがあまり灯っていないぼんやりと暗い家が少し怖くて嫌な印象でした。
おそらく、私にとっての尾道のイメージはそこで出来上がっています。
大人になって、尾道に何度か足を運びました。
知人の葬儀と、尾道ラーメンを食べるためだったのですが、まだ自分の中で街のイメージを変えることはできていません。
何か違うイメージを持って訪れる日が、いずれあるかもしれません。