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「最後の夏の夢」(短編小説)

彼女と出会ったのは、蝉の声が響く暑い夏の日だった。

田舎に引っ越してきたばかりの俺は、毎日が退屈だった。
都会の喧騒とは無縁のこの場所に、俺は全く馴染めず、ただ無為に時間を過ごしていた。

そんな時、夕方の田んぼ道を一人で歩いていた俺の前に、突然彼女が現れた。
彼女は、風になびく真っ白なワンピースを着て、長い黒髪を軽くまとめていた。
その姿は、まるで絵本から飛び出してきたような幻想的なものだった。
彼女の名前は「ユキ」。俺よりも少し年下に見えたけれど、話すたびにその知性と優しさに驚かされることが多かった。

俺たちは毎日、夕暮れ時に同じ場所で会うようになった。
何を話すでもなく、ただ一緒に時間を過ごすことが心地よかった。
彼女といると、不思議と寂しさが消え、この田舎の夏が少しだけ輝いて見えた。ユキは静かに微笑んで、俺の話に耳を傾けてくれた。

そんな日々が続いたある日、ふと気づいたことがあった。
ユキは決して、俺の質問には答えないのだ。
彼女の家族や住んでいる場所、学校のことを聞いても、曖昧に笑ってごまかすだけだった。
さらに不思議なことに、彼女を見かけたのは、いつも俺と会う時だけ。他の時間や場所で、彼女の姿を目にすることは一度もなかった。

ある日、俺は勇気を出して、ユキに正面から尋ねた。
「ユキ、本当はどこに住んでいるんだ?」
すると彼女は、少し困ったような表情を浮かべてから、小さな声で答えた。「ここには、もういないの。ずっと前に、ここから消えちゃったの。」
その言葉に、俺は言葉を失った。
消えた? どういう意味なのか問いただそうとしたが、彼女はふわりと微笑んでこう言った。
「でも、君に会えてよかった。夏が終わる前に、君に出会えて、本当に嬉しい。」
その言葉を最後に、ユキは静かに立ち去った。それ以降、彼女を再び見ることはなかった。

夏が終わり、俺は再び都会に戻る準備をしていた。
田んぼ道を歩きながら、あの夏の日々を思い返すが、まるで夢だったかのように感じられる。
ユキのことも、現実だったのか、幻だったのかさえわからなくなっていた。

引っ越しの前日、村の古いお寺で、ふと見覚えのある名前を目にした。
「佐藤雪子」――それは、十年前にこの村で亡くなった少女の名前だった。

俺の胸に、じんわりとした痛みが広がった。
ユキは、あの夏の幻影だったのかもしれない。
それでも、俺にとって彼女は確かに存在していた。
彼女との短い時間は、俺にとって何よりも大切な思い出となったのだから。

そして俺は、切なさを抱えながらも、ユキとの最後の夏を胸に秘め、都会へと戻っていった。

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