![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/28776403/rectangle_large_type_2_fc2ff9e523c94c32b0b4f71c48b5b69c.jpeg?width=1200)
電車に乗って
僕は、高校に通うために、毎日2回の乗り換えをして1時間以上電車に揺られていた。電車に乗り慣れた人なら分かると思うが、この車両のこの扉から乗れば乗り換えの時に改札が近い、という理由で、いつも同じ車両の同じ扉を利用していた。
一年生の一学期、ようやく電車にも慣れて来た頃にあの子に出会った。僕よりも少し背の低い、当時流行った鞄を肩から掛けた、ショートカットがとてもよく似合うあの子に。
僕が同じ車両の同じ扉に乗る理由が変わった。15歳の一目惚れ。
乗り換え駅の2つ前の駅から乗ってくるあの子のために、僕は満員電車に少しだけスペースを空けていた。たった数分間だけれど、隣にいて欲しかった。
その数分間の嬉しさと心臓の高鳴りは、翌年の一学期の終業式の日まで続いた。
僕の住む街には、一学期の終業式の日に有名な花火大会が催される。終業式を終えたその日、友人と花火を見に行く約束をした僕は帰宅して着替え、駅に戻りいつもの車両のいつもの扉から電車に乗って、いつものようにぼんやりとあの子のことを思い出していた。
そして、気づくとぼんやりとあの子の駅で途中下車をしていた。
一度も降りたことのない駅のホーム。辺りを見渡し、目の前の階段を降りていこうとしたその時、あの子が階段を駆け上がってきた。
僕の隣を通り過ぎる彼女と目があった。僕も彼女も「あっ」と声が出た。
一年以上、数分間を同じ電車に乗っているだけだった彼女の声を聞いたのは、この「あっ」が初めてだった。
一歩だけ階段に足を置き、あっけにとられた僕は不思議な感覚のまま振り返り彼女の姿を追った。到着した電車に急いで乗り込んだ彼女は不思議そうな表情でドア越しに僕を見ていた。
電車は不思議な空気をホームに残して走り出す。
ホームに取り残された気持ちになった僕は、次にやってきた電車に乗り込んで友人の待つ花火大会へとぼんやり向かった。
ーーーー
夏休みの間、何度かあの瞬間を思い出しては後ろめたい気持ちになった。悪いことをしたわけでもないのに…。
40日間の夏休み中、考えに考えて決めたことがある。あの電車に乗るのはやめておこうと。悪いことをしたわけでもないのに、何故だかそれだけは決めていた。
二学期の始業式の日。決めた通り、ひとつ早い電車で学校へ向かった。いつもとは違う電車に乗ったのに、いつものように少しだけスペースを空けていた。スペースを空けながらぼんやりとあの子のことを考えていた。
考えているうちに、いつの間にかあの子の駅が近づいてきた。あのすれ違った一瞬が蘇ってくる。またも、なんだか悪いことをした気分になる。途中下車さえしなければ。神様ごめんなさい。
自分勝手に懺悔していると、あの子の駅に着いた。電車が停まる少し前から僕は笑ってしまった。
彼女がそこにいた。
扉が開いた。彼女も笑っていた。不思議だけれど僕は笑いながら「おはよう」と挨拶をしていた。彼女も笑いながら「おはよう」と返してくれた。
たった二駅だけの、たった数分間の、彼女との初めての会話は僕が僕が乗り換え駅で電車を降りるまで続いた。
20年以上経った今でも、僕はこの電車に乗っている。