(ショートレポート)熱変色材料を用いた事務用品の動向調査
1. はじめに
熱変色材料を使用した筆記具が、ここ数年の間に世の中では当たり前の存在になりました。調査を行っていると、時折、熱変色材料の特徴を上手に利用した発明を見かけることがあり、大変興味深く思っていました。様々なところで活躍している熱変色材料ですが、今回はその中でも事務用品の分野を対象に、どのようなアプリケーションとしての発明が存在しているかにおいて動向調査を行ってみました。
2. 熱変色材料の特徴
熱変色材料と一言で言っても多岐にわたる種類が存在しています。その中でも今回の調査対象としたものは、一度変色した色は一定の温度に達するまで色を維持する特徴を持つ色材です。
ここで、今回扱う熱変色材料について簡単にご説明いたします。色の変化と温度との関係を表した代表的な図は下記のようなものになります。こちらの図は公開特許公報の公開番号が特開2016-168840の図2をお借りいたしました。
温度変化による着色濃度の変化をプロットした曲線です。このように今回対象とした熱変色材料は一定の温度の間でサイクルを持っています。ここでt1は完全発色温度、t2は発色開始温度、t3は消色開始温度、そしてt4は完全消色温度を表します。t1以下の温度にて発色した色は、温度が上昇してもt3の温度に達するまで一定の発色状態を保ちます。同様に、t4以上の温度にて消色した色は、温度が下降してもt2の温度に達するまで一定の消色状態を保ちます。この可逆熱変色性材料は、発色状態または消色状態を、温度が変化しても一定の温度に達するまでは状態を保持し続けることが大きな特徴です。この特徴を利用したアプリケーションに関する動向調査を行いました。
3. 事務用品の範囲
今回の調査では事務用品の範囲は一般的にいわゆる文房具と呼ばれるものに加え、広告や表示に関係するものも調査対象といたしました。また、その中から筆記具は対象から外しました。なぜならば筆記具においては多くのメーカーからいろいろな商品が発売されている関係上、取り扱うデータが膨大になることが予想されるのに加えて、世の中に十分に周知されているものと判断したためです。
4. 検索式の考え方
今回の調査対象は、事務用品という広くとらえた範囲に点在する熱変色材料を用いたものであるため、このテーマに沿ったような特許分類の存在は見込めません。そのため、熱変色(観点1)、事務用品(観点2)として、特許分類から事務用品(観点2)そのものを表すものを広く採用し、それに熱変色(観点1)を表すキーワードをかけることによって600件程度の母集団を作りました。
採用した特許分類の一例です。
・G09F 3/02 F
こちらの分類は「印字層に特徴のあるラベル」のFIです。事務用品であるラベルという観点(観点2)と、印字層に特徴があるという観点とが含まれた分類です。熱変色(観点1)そのものとは言わないまでも、「ラベルを構成する層の中で印字層が熱によって変色するラベル」は含まれていそうな分類のため、今回の調査では適当であると考えました。
・B42D 5/04 Z
「B42D 5/04」のカレンダー帳の分類の中において、さらに「その他のもの」を意味する分冊識別記号「Z」を付与されたFIです。どのようなものが含まれているのかは見てみないとわかりませんが、適当な特許分類がないものはこちらに分類分けされている可能性があるので、今回のような調査には適当であると思い採用しました。
さらに、熱によって変色するインキ(観点1)に関連する特許分類を採用し、事務用品(観点2)を表すキーワードをかけた母集団を調査すれば調査漏れはかなり低く抑えることができますが、当該母集団はノイズが多く、大きなものとなる可能性が高いため、今回のショートレポートでは採用を見送ることとしました。
5. 調査結果
5.1 アプリケーション別出願件数
下記の図はアプリケーション別の出願件数を示したものです。
この図より、熱変色材料を用いたアプリケーションには、大きく分けて、視覚効果、再利用、セキュリティ、温度履歴、その他の利用方法があることが分かります。
5.1.1 利用方法の例
(A)視覚効果
色の変化を利用するという観点から、表現の豊かな意匠を用いたアプリケーションが多数出願されていました。配色のみの意匠に加え、温度状況によって色が変わることから、その意外性や豊富なデザイン性を取り入れたメッセージカードや絵画など、意匠そのものを楽しむものが今回の調査では一番多く見られました。更に、熱変色インクによって印刷された媒体はゴムなどの摩擦体で擦ることによって容易に色を変化させることができるため、エンドユーザーが自分で色を変更してカスタマイズできることからカレンダーやメモ帳等に利用されています。
その他、製造工程などの作業において目印としていたものを製品においては消去させ、純粋に意匠のみを表記させる利用方法などの出願も見受けられました。
(B)再利用
文字や絵を印刷するインクに用いることで印刷を容易にするとともに、温度変化を与えることで印字されているものを容易に消去できる点を利用した用紙や表示具の発明をいくつか見かけました。経済的で省資源を実現する可能性のある発明として期待されていることがうかがえます。
(C)セキュリティ
印字されたものの消失や現出が容易である点から、隠蔽性および秘匿性を要する高いセキュリティの実現を可能にする発明がいくつか見られました。例えば、普段の使用では目視できない文字や模様を一定の温度下に暴露することにより、所定時間のみ出現させ、有価証券等の真贋を確認するといった用途に利用する技術が考えられます。
また、豊富なデザイン性や同じ色材で、同じ工程を踏むことなしには再現が困難なことから、きわめて偽造防止効果の高い印刷物を構成することが可能である点においてもセキュリティに貢献する技術であると思われます。
(D)温度履歴
熱変色インクで印刷したものは一度変色した色を一定の温度に達するまで色を維持する特徴を持つため、印刷物は過去に高温または低温にさらされた履歴を表示することが容易であり、別途温度計等を用意して確認することを要しない点を上手に利用した発明が見受けられました。また、紙やシートなどに印刷すればよいだけの簡単な方法でインジケータラベル等の製作ができるため、大掛かりな製造工程の変更を経なくても、食品のパッケージや包装紙などに適用できる技術であることが垣間見られます。
5.1.2 抽出されたアプリケーションの例
ここでは抽出されたアプリケーションの中からいくつかご紹介いたします。
※オリジナル公報より内容を一部修正、追記しています。
・視覚効果>カレンダー(利便性)
・視覚効果>メッセージカード、絵画(意外性、デザイン性)
・視覚効果>目印(作業性)
・再利用>お絵描きセット
・セキュリティ>有価証券(偽造防止)
・保管温度履歴>インジケータラベル
・加熱時間表示>ラベル、包装容器
5.2 企業別出願件数
下記の図は企業別の出願件数を示したものです。
この図から分かることは、パイロットインキ株式会社および株式会社パイロットコーポレーションの企業を除いて、熱変色材料を利用したアプリケーションの開発が盛んにおこなわれていないのが現状のようです。こちらの2社はグループ内でインクとアプリケーションとを同時に開発している関係もあり、また、熱変色インクを使用した筆記具を先んじて発売するなどこれらの技術分野では積極的に取り組んでいることがわかります。
今回の調査では事務用品を対象としている性質上、エンドユーザー向けに製品を開発している企業が多く見られたのも特徴的だと思われます。
5.3 出願件数の推移
下記の図は時系列で出願件数を表したものです。
こちらの図から分かるように、際立って多く出願された年代は存在していないようです。先にご紹介した企業別出願件数の調査結果と相まってもわかる通り、現状では盛んに開発が行われるような土壌は見当たらない反面、筆記具がヒット商品となり多くの企業で研究開発が行われるようになったことを鑑みれば、一つのアイデアが世の中に受け入れられればその技術および周辺技術の分野における開発が盛んにおこなわれる可能性も秘めていると思われます。
6. まとめ
今回の調査では熱変色材料を利用した事務用品としてのアプリケーションを対象とした関係から、製品が比較的小さな規模で開発が可能であるせいか、多種多様なアプリケーションを確認することができました。また、同様の理由から出願企業と出願件数の推移とに際立った傾向は見られませんでした。更に、一つの企業内で完結した環境での開発が可能であると予想でき、企業間で連携して開発をするような規模にはなりづらい分野であることがうかがえました。
今後の調査では熱変色材料を利用したアプリケーションをさらに利用するような技術分野に着目をしてみると、今回の調査では見られなかったような傾向や企業の動きを垣間見ることができるかもしれません。
調査事業部 関