(ショートレポート)「高温ガス炉」の特許出願動向調査
1. 調査背景
カーボンニュートラルを実現しようとした場合、二酸化炭素の排出量が火力発電ほどは多くなく、安定した供給力を持つ原子力発電を避けて通れない。しかし、2011年の福島第一原子力発電所の事故を受け、大型軽水炉を増やすのは難しくなった現状がある。
そのような状況の中で、2022年7月、経済産業省が高い安全性を有するとされる高温ガス炉(HTGR)など次世代の原子力発電所の開発に関する行程表を作成する検討に入ったとのニュースが見られた※1。三菱重工業においては、2022年4月に高温ガス炉(HTGR)を使って水素を大量生産するとの発表し※2、2023年7月には経済産業省が推進する高温ガス炉実証炉開発の中核企業に選定されるなど※3、積極的な動向が見られる。このように高温ガス炉は現在注目の技術となっている。
また、英国では高温ガス炉を含む次世代原子炉開発に対し政府が約250億円の補助を行い、米国ではスタートアップ企業X-energyが高温ガス炉を開発しそれを政府が全面支援し、中国でも実証炉が2021年に初臨界するなど、世界でも高温ガス炉は注目されている※4。
そこで、高温ガス炉に関する特許出願動向を調査した。
※1:日経新聞より
※2:三菱重工HPより
※3:三菱重工HPより
※4:日経新聞より
2. 技術概要
高温ガス炉は、炉心の主な構成材に黒鉛を中心としたセラミック材料を用い、核分裂で生じた熱を外に取り出すための冷却材にヘリウムガスを用いた原子炉。
軽水炉の原子炉から取り出せる温度が300℃程度に制限されるのに対し、耐熱性に優れたセラミック材料の使用により1000℃程度の熱を取り出すことができため、ガスタービン発電方式を採用して45%以上の発電効率を得ることができる※5。
※5:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)HPより
3. 調査戦略(概要)
本調査では以下のような調査戦略の下、特許母集団を作成した。
・国内の動向のみならず、国外の動向も把握するため、日本国出願および、外国(US, EP, DE, FR, GB, CN, KR, WO)を対象とした。
・核物理および核工学を観点としたIPC(国際特許分類)「G21」に、検索範囲を「要約+請求の範囲+発明の名称」として「高温ガス炉」のキーワードを「HTGR」等の類語も使用して掛け合わせたものを母集団とした(出願単位として、JP:309件、外国:701件 )。
・上記母集団内のIPCのランキングを取り、トップ10のIPCを参考に下記のような分類付与を行い、技術分類軸とした。
・・原子炉燃料系 (G21C19、G21C3)
・・原子炉構造系 (G21C1、G21C13、G21C21、G21C9、G21D1、G21D5)
・・冷却材系 (G21C15)
・・原子炉制御系 (G21C17、G21C7、G21D3)
<使用特許分類>
○G21C 19/00 原子炉内,例.その圧力容器内,で使用される燃料またはその他の物資の処理,取扱い,または取扱いを容易にするための構成[2]
○G21C 3/00 原子炉燃料要素またはその集合体;原子炉燃料用物質
○G21C 1/00 原子炉の種類
○G21C 13/00 圧力容器;格納容器;格納一般
○G21C 21/00 原子炉またはその部分品の製造のために特に用いられる装置または方法
○G21C 9/00 原子炉と構造上関連する緊急防護のための構成(緊急冷却のための構成G21C15/18)
○G21D 1/00 原子力プラントの細部構造(制御G21D3/00)
○G21D 5/00 原子炉で発生した熱を機械的エネルギーに変換する原子炉および動力機関の構成
○G21C 15/00 炉心を有する圧力容器内の冷却系;特定の冷却材の選択
○G21C 17/00 監視;試験
○G21C 7/00 原子核反応の制御[2006.01]
○G21D 3/00 原子力プラントの制御(原子核反応の制御G21C7/00)
4. 出願動向
4.1 全体出願動向
まずは出願件数の推移を見ていく。最初に日本の出願推移を見てみる。
1970年代前半から出願が見られており、古くから研究されている技術であることがわかる。また、2004-2005年に出願件数の急増が見られる。これは、2004年の日本原子力産業会議において、「高温ガス炉の実用化開発に関する提言」※がなされており、高温ガス炉を実用化すべき原子炉と位置づけ具体的な展開を緊急に進めるべく国に提言を行う動きがあったことも関連していると推察される。しかし、その後の出願件数は大きく減少しており、近年でも増加の兆しは見られていない。
続いて外国の出願推移を見てみる。
1970年代前半から出願が見られ、出願件数が増え始めたのが2004年というのはJPと同様である。外国出願では2004年以降も緩やかな増加を続けており、2021年には急増している。今後も増加傾向にあると推察される。
次に出願人ランキングの上位を見ていく。まずは日本の出願人を見ていく。
原子燃料を製造する原子燃料工業が最も多くの出願をしており、原子炉自体を製造するような東芝、三菱重工業、日本原子力研究開発がランキングに続いている。また、唯一上位に見られた外国出願人のホホテンペラトール・レアクトルバウ(Hochtemperatur Reaktorbau)は、かつてドイツで実用化されたTHTR-300(1987-1989年に稼働)の製造に関わった企業であり、その出願は1980年前後と古い出願が見られている。
続いて外国の出願人を見てみる。
中国籍の出願人が上位を占めている。特に最も多く出願しているUNI TSINGHUA(清華大学)は、華能石島湾高温ガス炉モデルプロジェクトで清華大学の原子力・新エネ技術研究院が独自に研究開発した高温ガス炉を使用しており、2021年12月にはその高温ガス炉を電力網に接続し発電を開始させている※6。清華大学は今後も出願数を伸ばしていく可能性があり、注視される。
次に、技術分類軸の出願件数および出願件数推移を見ていく。まずは日本を見てみる。
「原子炉構造系」の出願が最も多く、次いで「原子炉燃料系」が多く見られている。当該技術の高温ガス炉は、冷却材にヘリウムガスを用いる点が従来の軽水炉との技術的差異となるが、「冷却材系」は現在のところあまり多くの出願が見られていない。
技術分類の推移としては、「原子炉構造系」が1970年代後半から1980年代前半にかけて第1の盛り上りが見られ、「原子炉燃料系」もそれに追従する形で軽い盛り上がりが見られる。「原子炉構造系」「原子炉燃料系」ともに2004年ごろに出願のピークが見られている。
一方、「冷却材系」も1970年代後半から1980年代前半にやや出願が継続して多く見られるが、2000年代に入ると開発が落ち着いたのか出願件数はまばらである。「原子炉制御系」は開発フェーズとして最後の方になるのもあり、1989年に出願のピークが見られる。
続いて外国を見てみる。
外国も日本と同様の傾向が見られ、「原子炉構造系」、次いで「原子炉燃料系」が多く見られている。
外国の技術分類の推移は、1970年代~2000年は出願が少なく日本との差異が見られる。2001年ごろから出願が増え始め、どの技術分類も2018年ごろから出願が盛んになっている様子が見られる。
4.2 ランキングTOP3の出願動向
日本と外国それぞれのランキングにおける上位3出願人の動向を見ていきたい。
まずは日本の上位3出願人の出願推移を見てみる。
各社1970年代後半から出願が見られている。1980年代前半から三菱重工業が活発に出願し始め、1980年代後半に東芝が急増し、2004年ごろに原子燃料工業が一気に出願を増やすという流れが見られる。
技術分類の傾向を見てみると、各社の差異が見られた。原子燃料工業は「原子炉燃料系」および「原子炉構造系」に注力し、東芝は「原子炉制御系」、三菱重工業は「原子炉構造系」に多く出願している様子が見られる。
続いて外国の上位3出願人の出願推移を見てみる。
最も早く出願が見られるのはUNI TSINGHUA(清華大学)で、2002年の出願以降継続的な出願が見られる。特に2011年ごろから出願数が急増し、直近までその勢いが見られる。一方、XIAN THERMAL POWER RES INSTおよびHUANENG SHANDONG SHIDAOBAY NUCLEAR POWERはともに中国最大の独立系発電グループである中国華能集団が大株主となっており、直近2020年以降の出願が急増するという類似の動向が見られる。
外国の技術分類の傾向では、清華大学が幅広い分野で出願している様子が見られ、高温ガス炉技術全般に注力していることがわかる。XIAN THERMAL POWER RES INSTは「原子炉構造系」と「原子炉制御系」に多く出願し、HUANENG SHANDONG SHIDAOBAY NUCLEAR POWERは「原子炉制御系」に多く出願している。
5. 関連出願紹介
・富士電機株式会社
富士電機は日本原子力研究開発機構に協力して日本で初めての高温工学試験研究炉「HTTR」の炉心設計、安全解析などを実施しており※7、上記ランキングでも4位に見られることから今後の動向が注視される。直近での出願が見られたのでここで紹介する。
※7:富士電機HPより
・UNI TSINGHUA(清華大学)
清華大学は出願件数がトップであり、実用化された高温ガス炉にも大きく関連していることから、直近の出願のうち2報紹介する。
6. まとめ
日本では早期から開発が行われていたが、特許出願のピークは2000年代半ばであり、現在はあまり出願が見られなかった。一方、外国では中国が当該技術への関心が高く、直近での出願が急増している。そのような外国、特に中国の動きを受けて、経済産業省による当該技術の検討なども後押しとなり、日本の特許出願が増加していくのかどうか、今後の動向がさらに注視される。
調査1部 山下