【弱者男性×弱者男性 地獄のルームシェア回想記2話】信頼感の貯金(金・物・心)
これは僕が経験した地獄のルームシェア生活の記録、その2話目である。
信頼感の貯金
と言いつついきなり脱線するが、みなさんは信頼感の貯金という言葉をご存じだろうか。
僕がこの言葉を知ったのは、トワイライトシンドロームというゲームがきっかけだった。女子高生3人が心霊スポットを訪問したり、怖い噂を検証したりするゲームだった。
(プレイするには不便だが名作なので、興味のある人は動画ででも見てくれると嬉しい)
そのゲームの登場人物の1人で、絵に描いたような優等生である逸島チサトが発したのが、「信頼感の貯金」というワードだった(と思う)。
優等生で家でもいい子でいるチサトが、たまに夜中に抜け出しても大丈夫というニュアンスでこの言葉を発したのである。
実家でいい子を通していた僕は、この言葉に妙に納得してしまった。
この子はいい子だから、この人はいい人だから、と思われてる人が少し悪いことをしても、信頼の貯金のおかげでなんとか許されてしまうということである。
※後日、この言葉を検索したところ、信頼残高なる意識の高い概念としてとっくに存在していたことを知った。だが、チサトの台詞で覚えた僕にとって、これはトワイライトシンドロームで学んだ人生観である。
前置きが長くなったが、ルームシェア生活の話に戻ろう。
僕は彼と2人暮らしを始めたわけだが、当初は彼に対する信頼の貯金があった。
金を貸した時は仰々しく色をつけて返してくれたし、攻撃的でなく穏やかに会話ができた。年は彼のほうが上だったが、それで偉ぶるようなこともなかった。
10年も波風立たずにやってこれたのだから、この貯金が無くなることはないと思っていたのだ。
しかし、同じ屋根の下で暮らすというのは難しいもので、徐々に彼の信頼の貯金は減っていったのである。
ここからは、どのような流れで貯金が底をついたのかを、【金・物・心】の3つの項目で話していこうと思う。
金の信頼
まず、金における信頼の話だ。
1つめの記事で書いたように、彼は実家にお金を送っていたらしく、自分の貯金をしていなかった。対して僕は財形貯蓄などをしていたので、しばらくは無職を続けるだけの資金があったのだ。
なので、賃貸契約の時の費用はすべて僕が立て替えた。
とりあえず引っ越しをして、働きながら毎月2万円ずつ返してもらう取り決めになったのだ。
最初の数か月、彼は契約社員としてどこかで働きながら、きっちり毎月2万円を払ってくれた。
都合がつかない時はちゃんと伝えてくれて、その際は家賃の負担分を2万円多くするなど、柔軟に返済を進めてくれた。
しかし、たまに家庭の事情と話して、返済を遅らせてほしいと頼んでくることがあった。
僕も家庭で金の問題に直面した身ゆえに、そう言われたときには素直に返済の延期を承諾していた。
そんなことが、暮らし始めてからの1年で何度かあった。
1月だっただろうか、彼はまた、実家への仕送りを理由に返済の延期を申し出てきた。僕も金に困っていたわけではなかったので、特に何も考えずに承諾した。実家が大変なんだなと、詮索しないながらも月並みな言葉を返した記憶がある。
だが、その二週間ほど後、家に帰ってきた彼は
『○○(パチンコ屋)で4万負けた』
などと、ニヤニヤしながら言ってきたのである。
その後は、どんな台を打ち、どんなひどい目に遭って4万円を溶かすに至ったのかを被害者然とした面で語っていた。
僕はとにかく衝撃を受けていた。
あくまで僕の中の価値観で、すり合わせをしたわけではなかったが
実家への仕送り>>>>返済すべき金>>>>パチンコ代
という優先順位になるのが当然だと思っていたのだ。
だが、どうやら彼の中では違っていたらしい。
彼が大げさにパチンコ屋の愚痴を言っている間、僕は実家で暮らしていた頃のことを思い出していた。
家族に金を貸したところ、平然とパチンコに使われたことがあったのだ。
そして、その延長線上で家庭が崩壊したわけである。
そして、彼は僕の家庭の事情をある程度は知っていたのだ。
急激に胸の中で、何かが冷めていくのを感じた。
この時、僕の中で彼に対する『金銭に関する信頼感』が失われたのだと思う。
僕の家庭事情を知っておきながら金を借り、返済の延長を申し出ておきながら、月の返済額の倍の金額をパチンコで溶かしたという事実は、彼に対して失望するには十分すぎるものだった。
これを機に、僕は金のことで彼を信用しなくなった。
賃貸契約の借金もズルズル残り、僕が請求すると彼はニヤニヤしながら
『ああ~、忘れてた!!』
などとのたまうようになった。
慣れた貸金業者でもない限り、返済を要求する側にも心理的な負担がかかるわけだが、彼はそんなことはお構いなしのようだった。
少なくとも、過去の彼ならそこも慮ったはずだが…。
結局、返済はさらに引き延ばされていった。
最終的に、彼がパチスロで大勝したと豪語している時に無理やり回収することになった。
物の信頼
次に、物に対する信頼だ。
物に対する信頼、というとわかりにくいが、要は物を大切にするかどうかということだ。
自慢ではないが僕は物持ちがいい方で、物を壊したりなくしたりするようなことはあまりない。
対して彼は、よく物を壊したし、すぐに失くした。
物を壊してしまうのは仕方のないことだし、失くしてしまうことも時にはあるだろう。だが、彼は度を越して物を壊しやすかった。
そして、
『俺が使うとすぐに壊れる』
などと、なぜか誇らしげにそれを語るのだった。
ルームシェアと言えば、家の共用部分(キッチンやトイレ、風呂など)もシェアし、物を共有するということになる。
彼の異常なまでの物持ちの悪さが、ルームシェアという生活の中で僕の損害になっていったのである。
実際、彼は共用部分にある物をすぐにダメにした。
仕方ない事情で壊れたものもあれば、明らかに彼の粗っぽい使い方で壊れたものもあったし、出した物を片付けない彼の悪癖から紛失した物もたくさんあった。
はたから見れば呆れるほど物を粗末にしていた彼だが、僕にとって、そこまでは許せることだった。
物が壊れてしまったり失くなってしまったりするのは、ある意味では仕方のないことだ。人によってどれだけ長く使えるかは分かれるが、物がいずれ壊れたり無くなったりするのは当然のことである。
だから、彼が物を壊そうが失くそうが、そこまで嫌な気分になる事はなかった。
だが、もう1つの貯蓄が無くなった時、物に対する信頼も同時に底をつくことになったのである。
心の信頼
僕は心という言葉をあまり好んではいないが、対人関係の信頼感の雑な括りとして、あえて今回は使わせてもらう。
ルームシェアというのは家を共有するだけのことではない。
顔を合わせれば会話もするし、その日あったことを話し合ったりもする。
時には今やっていることや目標を話して共有することもある。
出来事の感想や気持ちの動きなどを共有するのが人間関係であり、ルームシェアの場合はその要素はより濃くなってくる。
僕がルームシェアを決めたのは、彼がそういった感情のやりとりをできる人間だと判断したからだった。
実際、前職で働いていた頃の彼は僕の言葉を尊重しつつ、柔らかい応対をする男だった。月並みな表現だが、波長が合ったのである。
だが、その波長も、ルームシェアを始めてから徐々にズレていった。
最初にそれを感じたのは、物件のネット契約に関する話だったと思う。
彼は仕事があり、僕は貯蓄を食いつぶして家にいたため、僕がネット関係の契約を進めることになっていた。
『どこでもいい』
彼はそう言って、契約先も僕に一任した。
僕はあまりネット会社に詳しくなかったが、それなりの時間をかけて検索をして、契約会社を決めて連絡を取った。
そして帰宅した彼に契約する会社のことを話したところ、彼は鼻で笑いながら、僕が選んだ会社が良くないことを豪語してきたのである。
誰でもそうかもしれないが、僕は後から話を変えられるのが大嫌いである。その時は衝撃を覚えつつ、彼に対して初めて強い怒りを感じたものだった。
結局、後から文句を言うならお前が決めろ、という旨を伝えて、ネット契約の件は彼に放り投げた。
そして、その後の生活でも、彼の僕に対する応対は雑なものになっていった。
別に丁寧に扱ってほしいわけではなく、彼が自分で言ったように『平等』に扱ってほしかったのだが、そうはならなかった。どうやら、彼は自分の発言した内容をすっかり忘れてしまったようである。
どんな応対をして来たかというと、一言でいえばマウントだ。
こちらが話した内容に対して、いちいち小馬鹿にするような返事をしたり、知識をひけらかしてきたりするようになったのだ。
例えばだが
『今日は快晴だ』
という言葉に対し、
『いや、快晴は雲が一割以下の状態だから、今は晴れだよ。そんなことも知らないの?』
というような、めんどくさい返しをしてくるのである。しかも、愛想笑いなのかニタニタ笑いながら。
ネット契約の件から、世間話に至るまで、彼の小さなマウントは続いた。
ルームシェアを始めて数か月する頃には、僕は自分のことを彼に話さなくなっていた。
まともな返答が来るわけでもなければ、役に立つわけでもなく、まして後からネタにしてくる危険性もあったからである。
その態度はどんどん助長していき、ついに彼の落ち度を指摘してもなんの意味もなさなくなった。
返済の催促をすれば嫌味が返ってくるし、世間話にはマウントが返ってくる。生活に関する指摘をしても僕が神経質ということにされるかはぐらかされるかで、一度の謝罪もなかった。
ちなみに彼は、
『人の失敗する姿を見てから、
【そうなると思った】【こうすればよかったのに】
などと嫌味ったらしく言ってくる』
人でもあった。
すべての信頼を失くした
この繰り返しで、心の信頼の貯蓄は底をつくどころかマイナスになった。
そして同時に、金の信頼も物の信頼も底を突き抜けたのである。
もっとも影響が大きかったのは、物の信頼だった。
数か月を共にしてわかったことだが、彼は根が粗暴な人間だったようで、物をとてつもなく雑に扱った。
例えば、洗って繰り返し使う物であるフェイスタオルを、彼は異常な速度で消費していった。
僕が持ち込んだ20枚近くのフェイスタオルは、ものの数か月ですべて消えたのである。彼にとって、フェイスタオルは使ったら捨てる物なのだろうかと思ったほどだ。
さらに、食器類もたびたび紛失された。
特にひどかったのはスプーンで、持ち込んだ物は即座に失くされ、仕方なく購入したデザートスプーン3本も、1か月持つことなく、どこかに消えた。
(後日、脱衣所の洗面台で埃をかぶったデザートスプーンが見つかった。彼は共用部分の風呂で勝手に飯を食う習慣があり、そのまま散らかしていくのである。ひどい時は湯船に食べかすが残っていて、暗澹とした気分になった)
そしてある日、僕が大切に使っていたお椀が紛失した。
これまでの経緯もあって、僕は彼が部屋に持ち込んで放置したのだと判断した。彼に質問しても、まともな答えは返ってこなかった。
それから数日が立った。
僕がキッチンにいたところ、彼が部屋から出てきた。
その時、彼の足が何かにぶつかり、床に置かれた物が転がり出てきた。
それは他でもない、僕が探していた大事なお椀だったのだ。
僕は黙って、そのお椀を回収して丁寧に洗い、自分の部屋に置くようにした。
彼に注意して変わってもらおうという気はなかった。
話せばどうにかなる、という考えすらなくなっていたのだ。
先述した心の信頼の貯蓄が、とうに底をついていたからである。
こうして、金・物・心の信頼感という、ルームシェアのために必要最低限な信頼感をすべて失い、僕は徐々に彼を憎むようになっていく。
長くなってしまったので、続きはまた別の記事で書くことにする。
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