今日ママンが死んだーー NASHの恐さ。

「今日ママンが死んだ。もしかすると昨日だったかもしれないが、わたしにはわからない」

 昔読んだ小説、特に古いのを読み直すと以前より格段に面白くなることがある。私にとってカミュはそうだ。誰もがひかれる有名な異邦人の出だしの文は今でもよく覚えている。当時、実際に母親が死ぬときを想像することはなかったが、今朝とうとう私も本当に母親の死に向き合わねばならなくなった。

 今日、母が死んだ。今〇時を回ったから、昨日だ。|NASH《ナッシュ》(非アルコール性脂肪性肝疾患)だった。noteするのは、おそらくほとんどの人が知らないこの病気が予想外に恐ろしいと思ったから。

 NASH(NAFLD:ナッフルディー)は脂肪肝から脂肪肝炎、肝硬変へと進行していく肝臓病の流れをひとまとめにした言葉で、最終的に肝不全、肝臓癌に至ることになる。私の母は肝不全の段階で見つかってから数ヶ月で旅立っていった。

 肝臓病についてはネットで調べると情報はいろいろ出ているが、私が恐ろしかったのは、いくつか回った医者の中でNASHの専門医から受けた説明だった。

「NASHの専門医以外、NASHを早い段階で診断できる医者は今の日本にはまだいません」

 NASHという言葉自体まだ新しい部類でほとんどの医者が知識として知っていても早期に具体的診断はできないのだと言う。ステルス病なのだ。実際、私の母は健康オタクというか病気恐怖症といってもいいくらいドクター・ショッピングしていて、ちょっとしたことでもあらゆる薬を処方してもらい、検査数値が少し悪いといっては大きな病院で精密検査を繰り返していた。なのに肝臓病としての診断を受けたのは、

「末期の肝不全です。余命数ヶ月です」

になったときだった。大して暴飲暴食もしていないのに糖尿病と診断されたり、白血球数や血小板が減少したり、認知機能が低下したり、など原因不明と診断されてきたものの原因がすべて肝臓病だったことがわかった。おまけに「滅多に見ないほど」の大きな静脈瘤までできていた。造影剤CTまでやっていたのにだ。知ったときの母の最初の言葉は今でも忘れない。

「肝臓なんて……誰も一度も言ってくれたことない」

 十五年間かけてステルス進行していたわけだ。家族も親族も、第一声は「なぜわからなかったのか」だ。今の日本では肝臓とはまったく違ったところを探してしまうことで診断が遅れてしまうのがNASHの恐ろしいところなのだそうだ。

 気をつける点を書いておきます。

  • 女性に多く、75歳から急激に(本当に急激に)増加する。

  • 肝臓の数値は悪くない。以前悪い時期があったが治った。

  • アルコール飲まない。

  • 血糖値上昇の傾向がある。

  • 血小板が減っている。

  • 白血球数が妙に低い。

  • 胃か直腸に軽微な静脈瘤がある。

  • 体調は普通。

  • 10年以上かけて進行する。

 特に注意すべきなのが、肝臓の数値が悪くないのに原因不明の血糖値上昇や血小板減少症があるパターンだ。母がそれだ。調べても調べてもわからなかった。糖尿も白血球数もやや悪い程度で大騒ぎするほどでもなくなんとなく元気だった。肝臓はギリギリまで耐えてある日耐えられなくなってから壊れる、すなわち回復できなくなってから表に出る。母の場合、肝臓が一度ひどく壊されて壊れるものが少なくなった状態で数値が改善したように見えていただけだったのだそうだ。本当なのかと思いつつぞっとしたが専門医はそういった。

 肝臓が機能を失うと、血液のタンクを失った血が行き場を失い血管に圧がかかって体内に静脈瘤(血管のコブ)をつくったり、腸からアンモニアが血管に入って脳に回って痴呆状態になったりする。母は、静脈瘤がやぶれて大量出血したり、アンモニア脳症で意識を失うこともあった。それでも病院の治療で何度も回復して家にもどったが、結局最後はコロナでやられた。コロナを跳ね返す体力がなく感染症でいっきに持っていかれた。ワクチンを何度も打っていたが、NASH末期の病身をささえることはできなかった。

 医者でもわからないものが一般人に分かるわけがないが、女性で似たような原因不明の検査数値が出たら症状のない今、早めに肝臓専門医の検査をうけてみることをおすすめする。
 日本肝臓学会で肝臓専門医の紹介をしています。

 NASHに関しては直接肝疾患の携拠点病院へ行ったほうがいいかもしれない(初診料かかる)。私はこちらへ行った。結局手遅れだったけれど。

 家族に入院患者がいる人はわかると思うが、今は一旦入院するとコロナのせいでほとんど面会ができない。実質まったく会えなくなる。家族もだが入院した当人が非常に辛がる。そして長びくほど苦しく精神的にダメージが大きくなる。携帯の向こうで、朦朧として肺炎になった声で家に帰りたい今すぐ病室に来てと咳きつづける声が頭から離れない。

 母は今、ようやく家に帰ってとなりの部屋で眠っている。看護師がきれいに化粧してくれたおだやかな顔で眠っている。




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