くわいとよげん
くわいを食べている。直売所で二袋買った。たくさん入って三百円だった。えっ、近所のスーパーでは六個で二百円なのに……?
大人になってからくわいが好きになった。中華料理店でたまにちまきとかチャーハンに入っているシャクシャクしたあいつがくわいだということに気づいてから恋に落ちた。わたしが知っているくわいはクチナシ色した苦いやつ、お正月にしか出会わないあいつだったはずが……中華食材として再会したくわいは見違えるようだった。こどものころはくわいを避けていた。苦いし黄色いし、よくわからない角が生えていて不気味。お正月の膳からはエビばかりよって食べていた。里芋、エビ、ナマコが正月の主食だった。
それがどうだ。今この目の前の、美しい青みがかったくわいの高貴なたたずまい……。あまりの美しさに三個ばかり適当に見繕ってフライパンで焼いた。鮮やかな苦みは舌先に残らずすっと溶けていき、シャキシャキした歯触りとホクホクの芋のような食感。焼きくわい。強い。わたしは酒を飲まないけれど、日本酒と組み合わせたら最強なのかもしれんな。くわい。あら塩をまぶして。
そこまで考えてやめた。幼少期から風味や食感の奇異な、酒のあてとして拵えられたような小皿を好んだので、いくつもの人に「この子は将来父親を超える吞兵衛になる」とことほがれて育った。
わたしはことほぎものろいも、人から予言されたことすべてを裏切るために生きている。あなたが思うようにわたしは生きないだろう。そのことはわたしの生きるよすがである。希望である。
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