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もう一度分解《ばら》す薔薇ひとひら

もしかして鳩になるかもしれなくて
もう一度分解《ばら》す
薔薇ひとひらふたひら

手品師は、もううんざりだった。
正確に言えばこの手品師は手品ではなくからくりのない魔法を手品として披露し、それを生業としていたのだ。詐欺師といえば詐欺師だし、本当の手品師といえばそうである。

この時代に魔法使いなんて、誰が信じるだろう。
しかし魔法を操ればエリートなんて夢ではない。それでも生きていく術は手品師しかないなんて、この男はさぞ孤独で、人向き合いに向いていなかったのだろう。その証に道化師のような白粉と泪の目張りをしている。への字に曲げられた深い海の色だ。

実を言うと、この手品師はお金には困っていなかった。なぜならこの魔法の手品は小さな町でも有名で子供や老人、恋人たちの(見た目はへんてこだが)立派なスターだったのだ。長いハットは、美しいベロアだ。烏のような青黒いこの時期は雪も沈みながら結晶化する。そこには沢山の紙幣と金貨銀貨が放り込まれ、いつも穴が空いてしまいそうなほどいっぱいになって夜道を帰るのである。

さて、なぜこの手品師はうんざりなのだろう。
更にこの男、王家の血筋なのである。
佇まいや仕草そのものもその片鱗を感じるほどであったが哀愁漂う道化の化粧《けはい》には似つかないほどの美しい蛇のような妖しさを持つ顔立ちであった。そんなもの、手品師にはどうでも良かったのだが…

元々壊れては直し壊れては直しの心が、ぽっきりと折れてしまったのは、たしか昨年の冬の事であった。ちょうど今と同じクリスマスの高揚がまだあちらこちらに漂う雪混じりの夜である。
王家の血筋である事には特に不満は持っていなかったが特別興味もなかった。しかし一族の集まりや、豪勢なパーティーなど様々な行事が目白押しで、今年28になる彼は薄ら目に青黒いくまを作っていた。彼の化粧ぶりは一流で、一族の誰もこんな戯けた事をやっているなど思いもしなかったであろう。

石畳の続くモンマルトルの路地、葡萄畑の木は裸。その下に何か雪ではない白いものを見つけた。白鳩だ。しかもまだ小さい。手品師は、それを夜空と同じ色の革のグローブで掬おうとしたが辞めてその薄く整った唇でグローブを剥ぎ白く透き通るような手のひらで白鳩を雪と共に掬った。首が折れている。でもまだ温かい。初めて、人前でない場所で魔法を使うことにした。青い目を瞼で蓋をし、薄く血管が見えるそれは額にまで登っている。

パチンッ

指を鳴らすとそこには絶望の色をした、ほっそりとした薔薇一輪である。そう、この手品師の魔法は変化しか出来ないのであった。それも気まぐれなものに。きっと手品師は、いやあの男は、美しいものを思い浮かべたに違いない。また空を舞い、そしてたまには温かい我が家へ火の焚べた暖炉においでと願ったはずだ。
黒い泪を流しながら、美しい血肉と羽の色の混じる柔らかい花弁を分解《ばら》した。もう一度ばらした。薔薇は雪混じりの石畳に這うようにはらはら溢れ、路地は華やかな殺人現場だった。

なんてことをしてしまったんだろう。
発狂と悲しみと自身の怒りで自らに魔法をかける。パチンッ


彼は、魔法を失って、偽物の、ほんとうの手品師になったのだ。
葡萄畑に白い花は咲かない。



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