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短編小説「猫のような彼女はステーキになる」サンプル
愛する人を亡くした。
猫のような人だった。
* * *
気まぐれでマイペースな性格の彼女。僕はそんな彼女にいつも振り回されている気がする。人懐っこくてたまに素っ気なくて、でもすりよってきて甘え上手で。そんなところが全部大好きだった。
「猫みたいだね」
そう言うと、
「そう?猫みたいって初めて言われた。猫好きだから嬉しい!」
彼女はニコッと笑いかける。
「ねぇ、好きだよ。私のこと好き?」
突然覗き込んで聞いてくる彼女に僕はドキッとする。
「え?なに急に。……言わない」
「なんでー?」
まっすぐこちらを見つめる瞳が照れくさくて目をそらす。
「……。恥ずかしいから」
「かわいいな」
何気ない会話にゴロゴロと喉がなるような居心地。
そんな彼女にプロポーズをしたのは僕らかだ。「一緒に生きよう」と言ったとき、はにかんだあと笑顔を浮かべ涙した彼女の顔は今でも忘れない。
僕が彼女を幸せにする。彼女が笑顔で過ごせるならそれだけで幸せだ。どんな手段を使っても君を守る。そう誓った。
しかしそんな幸せは突然終わりを告げることになる。
二人で散歩をしていたある日、猫のように道路に飛び出した彼女は、車にひかれ亡くなった。
飛び出した子どもを助けるためだった。
彼女をひいた車はそのままどこかへ走り去ってしまった。そして後から来る車たちも彼女を避けて横を通り過ぎるだけ。誰も助けようとする人はいなかった。
彼女はピクリとも動かない。次第に涙が込み上がってくる。それは(死んでしまったかも)と思ったからじゃない。大好きな人がまるで物として認知され、あそこに存在していたからだ。
「なんで……なんでっ……」
涙が溢れた。彼女を守ると誓ったのに守れなかった自分を思いきり責め立てた。
「守るって約束したのに……。うぅっ……ごめん……」
僕はその場で小さく泣き崩れた。
* * *
猫のような彼女は白い棺に入って戻ってきた。虚ろな顔で箱の中を覗く。
何もしたくない。いや、何もできない廃人になっていた。
笑顔の絶えなかった君にもう一度会いたい。それが叶わない願いだと分かっていても。
僕は彼女に真新しい白いワンピースを着せた。花屋で買ってきた色とりどりの花を優しく囲むように添える。彼女が美しく見えるように頭の先から足のつま先まで花を置いていった。
眠っているように見える頬にそっと手を添えてみる。しかし彼女から熱を感じることはない。もういないという現実を肌で感じてしまい、そっと頬から手を離す。
彼女との時間はそう長くはない。それは「葬儀」だ。このまま火葬されたらこの世界から消えてしまう。彼女の身体が存在していることが心のよりどころになっていた僕は焦った。
(もう二度と彼女に会えなくなる)
イヤだ!
(彼女と離れたくない)
ずっと一緒にいたい。
(彼女を自分のものにしたい)
もう出来ない? そんなことない!
思考は止まることなく次第にエスカレートしていく。
自由気ままに生きた彼女。甘え上手な彼女。猫のような彼女。そんな彼女を、
(取り込みたい)
どこに?
(僕の一部にしたい)
どうやって?
(一緒に生きたい)
死んだのに?
(彼女と一つになりたい!)
思いはどんどん強くなっていき、心に溢れた気持ちをふと呟いた。
「彼女の…肉を…食べたい…」
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サンプルはここまで。
2023年5月5日(金・祝)
「コミティア144」
東京ビッグサイト
11:00〜16:00
東1、O-23a「あざらし家」
2023年5月21日(日)
「文学フリマ東京36」
東京流通センター
12:00〜17:00
第一展示場、W-04「あざらし家」
にて初頒布します。
A6/P24/400円
皆様のお越しをお待ちしてます。