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百寺巡礼(019)中宮寺 奈良 2022年7月24日

奈良の夏、熱気に包まれた大和路を歩むと、そこには静けさと荘厳さが共存する「中宮寺」があった。法隆寺の隣にひっそりと佇むこの尼寺は、まるで時の流れを超えた異空間のようだ。

中宮寺は、聖徳太子が母、穴穂部間人皇后のために建立したと伝えられる。尼僧たちが守り続けるこの寺は、かつて「斑鳩御所」とも呼ばれ、飛鳥時代から受け継がれてきた悠久の歴史を抱いている。

本堂に足を踏み入れると、その中央に鎮座する「如意輪観音菩薩像」が目に飛び込んできた。菩薩の表情は、ただの微笑みではなかった。言葉にならない慈悲と智恵が、ひと目で胸を満たし、時に冷たくもある現実世界を忘れさせる。「微笑みの菩薩」と呼ばれるこの像は、フランスのモナリザ、エジプトのスフィンクスと並び称される「世界三大微笑像」の一つだという。その微笑みには、ただ優しさだけでなく、人間の愚かさや痛みすらも包み込む深い洞察があった。

寺の説明をしてくれた案内役の女性は、「この像が鎮座していることそのものが、この寺の魂を語っています」と静かに語った。その言葉が耳に残る。

小さな寺ではあったが、そこには大いなる宇宙が広がっていた。緑濃い木々に囲まれ、光と影が交差する庭を歩むと、訪れる者の心が自然と静まるようだった。

巡礼の旅は、ただの足跡を刻むだけではない。中宮寺でのひとときは、自分がなぜこの道を歩んでいるのか、改めて問い直す時間となった。歴史と仏の前で自分を省みるこの旅路は、魂の洗礼そのものだ。

奈良の空にそびえる法隆寺の塔を振り返りつつ、中宮寺を後にした。その微笑みの菩薩像の面影は、巡礼を続ける私の背中を今も押し続けている。


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