百寺巡礼 (035)浄土寺 尾道 2023年2月22日
尾道を初めて訪れたのは、2023年2月22日のことだった。降り立った駅前の風景はどこか懐かしく、旅情をそそるものがあった。その中で出会った「尾道ラーメン」は、濃口醤油の深い味わいが心にしみた。旅先での食事がこんなにも印象的だと、日常の中では忘れがちな味覚が新鮮に甦るものだ。
寺への道のりは、路線バスを利用した。1時間に数本しか来ないバスも、往路・復路ともにまるで待ち構えていたかのように現れた。この巡礼の旅そのものが、私に不思議な導きを感じさせる。そんな偶然が重なるたび、心の中で小さな笑みがこぼれた。
浄土寺は飛鳥時代に聖徳太子が開基したと伝えられる。その歴史の深さに触れると、人間の営みが途切れることなく続いてきたことを感じずにはいられない。鎌倉時代に定證上人によって再興され、現在の本堂や多宝塔、阿弥陀堂が築かれた。いずれも国宝や重要文化財に指定され、寺域全体が国宝という稀有な存在だ。中国三十三観音霊場の第9番札所でもあり、信仰の層が幾重にも重なる地だ。
五木寛之氏の言葉が心に響く。「この寺には太子信仰も、時宗の面影も、浄土真宗の流れもある。異質なものを排除せず、融和させるおおらかさがここにはある。」目の前に広がる瀬戸内海。その静かな水面が、すべてを包み込むように広がっている。海と寺が織りなす景色は、融和と共生の象徴そのものだった。
浄土寺は小高い丘の上にあり、その地から望む瀬戸内海の眺めがまた格別だった。海を渡る風、歴史を伝える古刹の佇まい。時が止まったようなひとときに、心の底から癒される巡礼の一日となった。