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百寺巡礼(095)道成寺 紀伊日髙   2025年1月13日

紀伊日高――道成寺と千手観音の邂逅

紀伊日高の静けさに包まれた道成寺。その名を耳にするたび、古の物語がそっと息を吹き返すような気がする。幾多の時代を超え、いまなお人々を惹きつけるこの地に足を運び、千手観音の前に立った瞬間、空気が張り詰めるのを感じた。

その仏像はただの彫刻ではなかった。時を超えた存在感で訪れる者を圧倒し、ひとたび目が合えば、心の奥深くに静かな灯がともるような気がした。これまで巡った96の寺とは一線を画す何かが、確かにここにはあった。

ご住職の言葉は印象的だった。
「ここでは写真撮影を許可しています。SNSで自由に発信してください。」

その一言に宿るのは、伝統を守りながらも未来を見据える寺の懐の深さだろう。道成寺が、ただ過去に縋るのではなく、現代の人々に語りかけようとするその姿勢に、私の心は深く打たれた。

仏像の写真撮影が許可される寺院は極めて少ない。これまで訪れた95ヶ寺中で、道成寺と東大寺の大仏がその例外だった。それだけに、カメラに収めた一瞬の尊さが、言葉にならない感動となって心に刻まれる。

道成寺には、安珍・清姫の伝説が息づいている。けれど、五木寛之が語るように、「物語は物語として受けとめればいい」のだ。重要なのは、そこに込められた祈りや想いが、いまを生きる我々にどのように響くのかということだろう。

千手観音の慈悲に触れたその日、私は一つの確信を得た。この巡礼の旅は、単なる個人的な探求ではない。祈りや思いを未来に繋ぐための、終わりのない物語の一部なのだ、と。

紀伊日高の空は高く、風は清らかだった。その地で受け取ったものは、これからの私の心を支え続けてくれるだろう。


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