不思議雑貨店薊屋「当たるボタン」
いつも見かけているようで、気にも留めない景色の中に
不思議なお店はありますか?
たまに気まぐれしてみませんか?
当たるボタン
「今日のプレゼンも何が伝えたいのか、そして目的もめちゃくちゃで全然ダメだったよ、毎回毎回…」
まただめだった、今回の企画は自分的には当たりだと思ったのだが
自分の人生で当たったのはこの会社に就職できたことくらいだろうか、まぁ実際の所当たりかどうかも危うい。
そして後輩に愚痴をこぼせば
「先輩は実際会社に貢献してませんもんね」と苦笑いで返され、人当たりも良くない。
家に帰ると出迎えてくる家族もおらず。
当然恋人もいい人に当たらず独身である。
我ながら何のために生きているのかわからなくて笑ってしまうほど
趣味といえば、よくわからない雑貨集めだけが日々のストレス発散、そして生きる意味を見出していると思わざるを得ない。
会社が休みの今日は少し離れた場所に雑貨屋を探しに行ってみようかと思う。
7つほど離れた駅まで行くのにおよそ45分
駅に着きひとまず売店でいつもは買わない苦いブラックの缶コーヒーを買い、少し乾いた喉を潤す。
「にがっ…」思わず声に出してしまった、それを聞いた売店のおばさんはクスクスと笑っていた。
恥ずかしさを隠すためそそくさと駅を出て適当にぶらつく。
少し郊外に来すぎたのか建物も人足もまばらで雑貨屋なんて無いのではないかと不安を感じながら足を進める。
苦くて少しずつ飲んでいた缶コーヒーもそろそろ無くなりかけた頃、一軒の店を見つけた。
店の名は草冠に魚に片仮名のリを一つにした字で何て読むのかはわからない
「変な名前だな…」
プッと笑いながらやっと見つけた雑貨屋に胸を躍らせながら店の戸を開けた
その瞬間
にゃあ
間抜けな声ではあるが予期せぬ出来事ゆえ自分でも驚くほど驚いてしまった。
「高崎さん驚かせてはだめですよ、その人はお客さんです」
店の奥の方から店主であろうか、仮面?のようなものを被った不審な人物がいる。
仮面には手形と先ほど見た店の名前の文字が描かれている。
「いらっしゃいませ、薊あざみ屋へようこそ」
そうか、あの字はあざみと読むのか
不思議な点が多いのだが何故か落ち着くのは静かで散らかっているようでまとまっている店内の所為だろうか、はたまた不思議な店内に不思議な店主があまりにもマッチし過ぎて不思議に思わないのか、ああもうなんだかわけがわからない。
「ここは雑貨屋でよろしいんでしょうか」
聞きたいことが山ほどある中で一番最初に出た言葉がこれだった。
確かに雑貨屋に見えるが案外占いのような霊感商法の可能性もある。
「ここは人生で足りない何かが見つかる店ですよ、あなたに雑貨屋に見えるなら雑貨屋ですよ」
今だ素顔の見えない店主はスピリチュアル発言だがまぁ言われてみれば店の定義なんて客が決めるもんだと納得してしまった。
「少し見せてもらってもよろしいですか?」
と問うと、いいですよ、と顔は見えないが笑顔で答えてくれた。
店内には小さな人形や宝石箱、ハンカチや食器、アクセサリーなどいろいろ置いてあった。
そうだ、この懐かしさは少し前に見たノスタルジックな映画に出て来た、物が所狭しと並んでいる駄菓子屋のようなイメージだ。
などと考えながらニヤニヤしていると
「先ほどは高崎さんが驚かせてしまって申し訳ありません。彼も悪い人では無いんですが少々悪戯好きで…」
高崎さん…猫のことだろうか…
猫にしては珍しい名前だ。
「お詫びにお茶を入れますのでどうぞ」
そう言われ店主の前の囲炉裏のような机にお茶と煎餅やらおかきなどのお茶菓子が置かれた。
一口いただくと少ししょっぱい
昆布茶か、随分と飲んでないなぁとほっと一息ついた
「改めまして、店主の薊あざみと申します。」
丁寧に頭を下げ挨拶をされた。
こちらも軽く挨拶をしてずっと気になっていた仮面について聞いてみた。
「何故顔を隠しているんです?それでは物を盗まれてもわかりにくいですよ」
「こんな店の物を盗む人なんていませんよ」
店主は笑いながら話し、また喋り続けた
「商品があって、お客さんがいる、それだけでお店として成り立つんですよ。店主何て飾りみたいなもんですから、やれ美形店長がいる店だとか、やれ怖い店長がいる店だとかそういうのはどうでもいいんです、まぁ私は美形でも怖くもなく話し好きな店主ですが」
カラカラと笑うように店主は話した。
「それはそうと、商品棚にはあなたの求めてる物は無いみたいですね」
よくその視野の著しく狭そうな仮面で見ているもんだと思った。
だが実際ピンとくる商品はなかった。
申し訳ありません、と謝ると
「いやいや、棚に並んでるのはあくまでもお客さんが選ぶ商品ですから選ばれなくても仕方のないこと、そこで飾りのような店主の唯一の仕事、商品の紹介をさせてください」
そう言うと店主は小さな箱を取り出して私に見せた。
「これは『少し当たるボタン』と呼ばれる単なるボタンです」
確かに箱にスイッチのような物がついている。
商品名もよくわからない。
「多分あなたが今必要としている物だと思うのですが…」
実際、普通の雑貨よりこういうわけのわからないような物が好きであることは確かである。
だがここまでの流れでこの店主が宗教じみた感じも拭えない。
高ければ買わない、ただそれだけの話だ。
「値段は120円です」
商品を紹介する割には安いな
これなら買ってもいいか、と財布から120円出して店主に渡した。
ありがとうございますと軽く会釈され商品が手渡された。
「商品はきっとあなたの人生で足りない物を補ってくれますよ」
と優しい口調で言われた。
実際持ってみると軽く、掌てのひらサイズの箱だった。
あまり長居するのも迷惑かと思ったので挨拶を済ませると
「また何かあったらいつでもどうぞ」
と言われ、この少し当たるボタンを手に店を出た。
店を出た途端現実に引き戻されたのか、さっきまでの出来事が一週間前の出来事のような感じがあった。
よく見る物語ではこういう時振り返ると店が消えていたりするのだが実際振り返るとまだ店は有り、やはり現実なのだと理解した。
片手に小さなボタンを持ち帰路に着くのだがやはり人間だからなのか、わけのわからない物は調べたくなる
それに当たるボタンとは何なのか知りたくもあった。
「やはり押すしかないよな…」
どうせ電池も入ってないボタンなのだ、押したところで何も変わるまいと高たかを括くくり
ポチッ
…ん?
何も変化ないな、
なんだ、これは押すまでが楽しいボタンか。
昔あったリゾート地の空気が入った缶詰めのようなユニークグッズか。
押して見たら何もなくあっけを取られてしまった
駅までの道は少し歩くのでまた缶コーヒーを買うことにした。
次は甘い缶コーヒーを買おう、今日は面白い店を見つけることもできたし
自販機を見つけ缶コーヒーを買うと
聞きなれない電子音が鳴った。
そう、自販機が当たったのだ
「やったぁ!」
歳や周りの目を気にせずガッツポーズをしてしまった。
なんせ人生で初めて自販機で当たったのだ。
ん?
当たる?これは少し当たるボタンを押したからなのだろうか。
もう一度ボタンを押して買ってみた
するとまたさきほどの電子音が鳴った
…やはりこれは当たるボタンであることが判明した。
押したら当たるのだ。
これはすごい買い物をした!
と、ボタンを見たらボタンがもぐって戻らない
しまった、回数制限があるのか…
勿体無いことをした。
…いや、もう一度あの店に行ってまた買ってこよう
と思う前にすでに店に向かって歩き出していた。
だが前にも思ったようにこういう場合戻ると店が消えているはず。
歩いていたのが気づけは全力疾走をしていた。
そして店の場所に着いた。
「あった…」
何年振りかに全力疾走したため呼吸を整えるまで時間がかかった。
そしてまた戸を開けた。
「随分お早い『また』ですね」
仮面を被った店主がカラカラと笑いながら言った。
私は食い気味に
「さっき購入した少し当たるボタンをまた売ってください!」
ほぼ怒鳴るように店主に告げると
「うーん、実はあの商品はあれしか無いのですよ。修理もできません」
目の前が暗転して行く。
何故あんな無駄なことに使ってしまったのか、もっと試し方もあっただろうに、と後悔の念で押しつぶされそうになった。
「でも『当たるボタン』ならございますよ」
少し当たるボタンではなく当たるボタン?さっきより使える回数が多いのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいい
「売ってください!いくらですか!?」
「少しお高いですが1万2000円です」
どうせ当たるのだ、安い物だと即座に財布からお金を出し購入した。
「では、こちらです」
手渡されたの先ほどより少し装飾が凝っている造りのスイッチのついたボタンだった。
この後のことを考えるとにやけてしまう。
そして店を出ようとすると
「また何かあったらいつでもどうぞ」
と優しい口調で店主は言った。
そして箱を大事に持ちながら家に帰った。
家に着くまでにいろいろ考えた。
何回使えるのだろうか?何に使おうか?やはり金だろうか?それとも奥さんか?
そうだ、仕事でもできるのか使ってみよう。
多分一回ではなくならないと思うので明日の会社での企画のプレゼンで大成功して会社の地位をあげてみようか。
とずっと考えているうちにその日は眠ってしまった。
そして次の日会社に出勤
いつも通り後輩の冷めた目、上司のキツイ目
我ながらよく退職しないもんだと思う。
だが今日は当たるボタンがあるプレゼンも大丈夫だ…と思う。
「今日のプレゼン、大丈夫だろうね?今日は社長も参加する重要な企画会議だ失敗するならせめて印象的な企画案を出してくれよ?頼むから…」
上司も流石に怒り疲れているようでほぼ投げやり。
でも今日の企画案は自分なりにも良くできたと思うし当たるボタンもある
大丈夫だ。
そして企画会議。
私はスーツのポケットに手を突っ込みレーザーポインターを出す前にボタンを押してからプレゼンに挑んだ。
それからプレゼンはとても上手く行った。
と言うか上手く行き過ぎた。
プレゼンが終わる頃には会議参加者が全員総立ちで
拍手が止まらなかった。
やはり当たるボタンはギャンブル等の当たるだけではなかった。
それにまだボタンはもぐっていない。
それからは会社ではヒーロー扱いされ昇進、給料も上がり臨時ボーナスも出た。
そろそろ宝くじも買ってみよう大金持ちになれるはず!
そしてちょうど時期もあっていた。
サマージャイアント宝くじ
なんと一等は3億円、前後賞合わせれば5億円
これなら会社で成功する必要もなかったかもしれないが…
すぐ売り場に駆け込んだ。
買う直前にボタンを押す
ポチッ
宝くじを選ぶのは初めてだがどうせ買ったのが一等だ、適当に選ぼう。
通しで購入してそして抽選日
テレビで当選番号を確認していた。
次々と番号が決まって行く中
「あれっ?変だな」
自分が買った番号では無い数字が選ばれて行く
もしかして当たるボタンは宝くじはだめなのだろうか
そう思いながら抽選結果を見ると
三等が当たっていた。
100万円だった。
そうか、少し当たる、当たるときたのだ突然すごく当たるなんてことはないか
でも初めての宝くじで100万円ならすごいさ。
今まで当たりとはほぼ無縁の人生だったんだもの
…いや、待てよ?
順位があるから微妙な当たりだったのか?
それなら競馬ならあるいは…
そう考え次の競馬の開催日になるまでボタンは押さないでおいた。
そして競馬開催日
会社の同僚にネットで馬券の購入方法も聞いた
今日は重賞も有り資金も宝くじのお金がある、大丈夫だ!
そして選んだのはその日のメインレース
当然配当の高い三連単に100万円…と行きたいのだが今まで大金を手にするのも有り得ないのに突然ギャンブルで100万円なんてできるはずもなく結局10万円賭けた。
だがそれでも当たれば天文学的金額になる。
計算ができないほどの配当になる。
マウスを持つ手が震えた。
まずはボタンを押して
ポチッ
そして購入
宝くじの時より動悸は激しく変な汗が出た。
メインレースまではまだ数時間ある
少し早いが昼飯にしよう
チャーハンを作っていると、ふと思い出した。
そういえば牛乳が残ってたな、飲んでしまおう
そう思いながらパックの牛乳を飲み干した。
そして昼飯も終えてメインレース
の時
結果は惨敗だった、やはり高配当過ぎたのだろうか、ならばボタンは何が当たるのだろうかとボタンを確認するともぐってしまっていた。
そのうち緊張の糸が切れたのかお腹が痛くなりトイレへ篭こもって考え事をしていた。
またあの店に行こうと
今回は有給を使い、また7つ離れた駅まで行き、また前回のように缶コーヒーを買い、ふぅと一息ついてあの奇妙な雑貨屋へ歩みを進めた。
また思うのだがこういう時はあの店が消える可能性もあるんだよなぁなどと思いながら店の場所へ着くとまだ店はあった。
店に入ると
「こんどの『また』は長かったですねぇ」
店主は何時ものようにカラカラと笑いながら話して来た。
「当たるボタンはあるだろうか、もしくはそれに似た商品はありますか?」
店主はあの時のようにうーんと唸ってから
「あの商品はあれっきりなんですよねぇ」
やはり他には存在しなかった。
「あと、代わりの商品もあるにはあるのですが…」
店主にしては珍しく…と言ってもあまり喋ったことは無いのだが不自然が自然な店主には大分不自然に感じた。
「まぁいいでしょう、この『すごく当たるボタン』です」
ほら来た!あるじゃないか、今度こそ宝くじだろうが競馬だろうがなんでも当てて見せるさ
「その商品はいくらですか?」
店主に質問しながら財布を出すと
「120円です」
「えっ?」
店主も驚いたのかもう一度金額を言った、私が聞き直すと店主は頷いた。
当たるボタンがあの金額だったのだ
120万は予想して貯金も下ろしたのに拍子抜けだった
当然買うのだが
店主にお金を支払い、ありがとうと言われ箱を手渡される。
前の箱よりさらに豪華になっていた。
これは期待できる
これからのことを考え動悸が激しくなりながらも私は店主に挨拶をして店を出ようとした。
にゃあ
また猫の鳴き声が聞こえた。
入り口脇の棚に高崎さんがいた。
「高崎さん、ダメですよ、お客さんのお帰りなのに驚かせては」
店主がゆるりと猫を叱り
私は軽く会釈をし店を出た。
すごく当たるボタンを手に入れた私は考えた。
店主があんなにも渋ったんだ
そしてあの値段
一回しか使えない可能性もある
よく考えて使わなければ。
そして私は考えに考えた。
結論は公営ギャンブルでなけれは大勝ちは不意にされるか殺されてしまう
なので裏カジノなどの違法賭博はやらず結果は競馬だった
今回は競馬場に直接行きその場で当ててやろうと思う。
そして競馬開催日。
今度は競馬場の熱気も感じながら絶対当たるとわかっているからこその余裕と緊張を感じていた。
メインレースの配当を見て
持ってきた全財産を大穴
誰も賭けないようなわけのわからないところに
そしてボタンを押した。
ポチッ
そして全財産賭けた。
あとはメインレースを見るだけだ!
やはり競馬場だ。
大歓声、阿鼻叫喚
いろんな声が飛び交っている。
「ふむ…」
仮面をずらし昆布茶を飲む
新聞を読む時ですら仮面は外さない
新聞の記事には
『競馬場での悲劇!競馬場立てこもり事件!犯人が脅しで撃った拳銃の弾が当たり男性一名死亡!』
「やはり、こうなりましたか…」
おかきを取ろうとすると
にゃあ
出入り口でガタッと動く人影
「高崎さん驚かせてはだめですよ、その人はお客さんなんですから」