自殺したのもあたしじゃないよ【ショートショート】
歩道でカラスが蝉を食んでいた。夕方でもこの時期は暑くて嫌になる。
地雷メイクして切開ライン引いて、「るるちゃんの自殺配信」(神聖かまってちゃん)をワイヤレスイヤホンで聴きながら、通学路。
学校から帰るときのあたしはあたしじゃない。この顔のときのあたしはあたしじゃない。あたし人間じゃないみたい。人間どもはバカだにゃあ。
蝉の死骸を咥えたカラスとすれ違う。蝉って食べさせられたことないけど美味しいのかな。美味しいから食べさせないのか。そっかそっか。
顎マスクにする。「るるちゃんの自殺配信」の鼻唄と帰る通学路。
遠くのほうにカップルがいる。手を繋いで帰ってる。女の先輩と男の後輩のカップルだ。その男以外は、女の先輩の性事情を知っている。「僕だけは違うよね」って台詞を彼は吐いたらしい。そんなわけないのにね。人間どもはバカだにゃあ。
校庭で死んでた黒猫を思い出す。家で飼ってた青い眼の黒猫。ルリちゃん。あの女が殺したあたしのルリちゃん。わざわざ持って来てご苦労だったね。ここがウルタルじゃなくて良かったね。
蝉はカラスを食えないけど蝉のほうがカラスより五月蝿いけどカラスのほうが長生きする。
あたし今はもう人間じゃないのに、人間じゃなくなるあたしのために、あたしのルリにまで手を出して、そんなにあたしに構ってほしいのかな。そんなに寂しいのかな。愛されないのかな。愛されたいのかな。友達いないのかな。
あんた胸はあるけど中身がないもんね。女も男もなんでソコで罵倒したり誇ったりするんだろうね。そんなの全部偽物なのにね。ああ、シリコンとかじゃなくて。知らんけど。人間どもはバカだにゃあ。
音量あげて、もう何ループ目か。最寄駅まで着いた。おんなじ制服の奴らはあたしを見もしない。あたしも見てないけど。
いやこれはツンデレのテンプレじゃなくて、別に、あんたらのために死ぬんじゃない。人は思想で死ぬんじゃありませんって、結局あたしの死も自然死ですって、アレだよ。
だって、あんたらのために死ぬ道理がない。あたしはあたしの為に生きてきたし、あたしのために死ぬし。せめて好きな男のために死ねたら物語だったけど、好きな人いないし。
死ぬってのは、軽々しいもんだよ。寝たり起きたり食べたりするのとおんなじだよ。でもあんたらは尊大で素晴らしいことのように演出するんでしょうね。
いや、知らないよ? ほかの人のことは。でもあたしは、負けたから死ぬんじゃないし、復讐のために死ぬんじゃないし、哀しくて死ぬんじゃないし、悔しくて死ぬんじゃないし、なんだろうね、言葉ってぜんぶ偽物だからさ。あんたらには分かんないだろうけど。
あんたらは知らないと思うけど、言葉って偽物だからね。友情も愛情も、青春も性衝動も、そして人間も、全部偽物だからね。本物は、カラスと蝉と黒猫だけ。
あたしは人間じゃない。
だから本物。
あんたらには分からないだろうけどね。
でも分かってもらうために死ぬんじゃない。
あたしはね。
ルリは本物だった。人間が嫌いだったから、全然なついてくれなかった。でも、あるときあたしがこの顔で帰ってきたとき、はじめてルリは顔を舐めた。あたしは初めて生まれたんだ。そしてルリと一緒に皆んなを見下してゴロゴロ遊んでたんだ。
こんなことの意味も分からないなんて、人間どもはバカだなぁ。
人間どもはバカだ。
そろそろイヤホンを外そう。そうしないと迷惑が掛かるから。別にこの歌で死ぬわけじゃないのに、面倒な生きたがりの世間と、鏡みたいな大人が余計な推理するから。生きることも全部偽物なのに、生きなさい、とか、生きて、とか、死ぬな、とか、外野のくせに生意気なんだよね。
正しそうなことばっかり。あたしのことなんて一つも分かってないくせに。
まぁそういうことだから。一〇代の煩さとアナウンスの中で死ぬ。あたしは若いまま死ねる。早くいかないと、この躁鬱が消えてしまう前に、早く前に進まないと。
こわくない。メイクってすごいよね。
あたし人間じゃない。
でもあたし。
るるちゃんにはなりたかったかも。
まぁ、いいや。
2024年8月21日 薊詩乃