シェア
薊詩乃/Azami Shino
2023年6月6日 22:46
(前話はこちら)「問題はこの人間をどうするかだ、そうだろう」肝が冷えるほど低い声で、蜚蠊が言った。「人間。君はなぜここに来たのだ。ここが我々の聖地だと知って、たとえばわしを踏み潰すために、この地に足を踏み入れたのではあるまいな」黒猫、鴉、蜚蠊に睨まれたまま、少年は動けなかった。声も出せなかった。第一、声を出したところで彼らに通じるのだろうか。そもそもなぜ人語を話しているのだろうか……。
2023年5月30日 22:50
月のない夜を選んで逃げてきたわけではない。少年が家を飛び出したとき、月齢になんか気を配ってやしなかった。彼は、御守りやら風水やらを全く信じるたちではなかったし、縁起を担ぐこともしなかった。新月の夜に決行したのは、まったくの偶然であった。ただそうせざるを得なかったから、ほんの少し勇気を出して、靴を履いて、サムターンのツマミを回しただけなのだ。人生や運命というものは、偶然性で形作られた砂