私はきっとあのツナマヨおにぎりを一生忘れないだろう
他人様のことばかり書いていてもアレなので、少しは自分のことも書いてみようと思う。
私はかなりのジョブホッパーで、若い頃からいろいろな職種、業種を転々としてきた。働くことそのものは好きで、幼い頃には見えていなかった世界の裏側を覗き見るような感覚。自分の知らないことを知るのは楽しかったし、自分が得意なこと、苦手なこと、自分の性格や特性といったようなものに経験の中で気付かされていくのは面白いことだった。
その中でも印象に残っていることの中から、本日はある通販サイトで経験した超ブラック体験について。
ある通販サイトの話
その頃、私はある通販サイトで働いていた。
商品画像を作成したり、外の店舗に置いてもらうチラシのセットを作ったり、入金確認をして発送依頼をかけたり、問い合わせに返信をしたり。まあそういった感じの裏方仕事だ。
わりと落ち着いた職場だったし、取り扱う商品が気に入っていたので仕事も楽しかった。休みも融通が利くところがあって、色んな意味で理解がある会社だった。
――そう、あの日までは。
ある日、社長が唐突にこう言った。
「倉庫、移転するから」
今まで少し遠くにあった物流倉庫を解約して、本社事務所のビルに倉庫を移転するというのである。
もう一度言う。
物流の 倉庫 を 事務所のビル内に移す。
倉庫と事務所のワンフロアの大きさ、比較して約十分の一以下である。物流のために雇っていた人手を解雇し、同じビルの中なんだから手の空いている事務員も物流を手伝うようにすれば人件費も削減できて良いことづくめだよね♡ぼくちゃんあったまいー!みたいな?
――いやいやいやいやいや、 お か し い な ?
当然、大混乱が生じた。
まず、無理矢理棚を押し込んだ室内、通路は人一人がぎりぎり通れるくらいですれ違うことも出来ない。
そんな中、強行軍だったために搬入の順番や段ボールのナンバリングもぐちゃぐちゃな荷物はどんどん運び込まれてくる。十倍の広さの場所から運び込まれてくるんだから当然入りきらずに上下左右ぱんぱんになってさらに部屋の外に溢れる段ボール箱。
確認作業や開封作業をしたくても、その作業場所がそもそも存在しない。
どこに何があるか解らないカオス。なのに通販サイトは受注を止めない。ぐっちゃぐちゃの箱の山から無理矢理商品を引っこ抜いて梱包する人、棚の整理を必死に進める人、遅れ続ける発送(約三週間~1か月の遅延)、鳴りやまない電話、響く怒声。 ま さ に カ オ ス 。
当然ながら社員もバイトも休む暇なく、始発から終電どころか、時にはその通路で段ボールの空き箱を敷いて毛布をかぶって寝る日々。クレームがひっきりなしに届き、顧客から責められ続けて疲弊する電話担当。そもそも内勤の事務職だったのに日夜段ボール箱を担いで肉体労働が続き、体力の限界を超えていく人々。休憩など取りようもなく、なんと出勤(始発)から深夜(十時過ぎ)まで水を飲むのも憚られ、一人また一人と予告なく人が消えていく(無断欠勤からの退職)――といった日々が続いた。
冷たいおにぎりばかり食べていたので、自宅であたたかいご飯を口にしただけで「自分はこんなにあたたかいものを食べていいのだろうか。今も商品を待っている人がいるのに」と無駄に自分を責めては泣いてしまったりもした。
なお、この時のトラウマか、未だに私は空腹が続くと心細いような気持ちになり、涙が滲んでくることがある。
空腹 ダメ ぜったい。
どんな忙しい時でも、食事はしっかりとりましょう。
まあそんな地獄の最中のことである。
その日はおやつ時に上司の気が向いたのか、一人の男性アルバイトスタッフに「みんなの分の飯を買ってこい」と命令が出た。「ここにいるやつに何が欲しいか聞いて、コンビニで買ってこい」とのことだった。ちなみにこんな状況でも飯代は自分持ちである。飯くらいおごれ上司。
さて、そんなこんなでバイトくんが私のところにもやってきた。
「門さんは何にしますか?」
「じゃあ梅とかしゃけとか、オーソドックスなおにぎりがいい。300円渡すから、2個買ってきて。おつりはいらん」
私は言った。間違いなく言った。
なぜなら私は、変わり種のおにぎりが苦手で、ほとんどのおにぎりが食べられないからである。ツナマヨとかエビマヨとか、混ぜご飯系とか、基本的に食べない。だから迷わせないように、という意味を込めて「梅とかしゃけとかオーソドックスなもの」といったのである。
駄菓子菓子。
彼が買ってきたのは――
…うそだろ?
いや、まだ慌てる時じゃない。私は二個おにぎりを頼んだはずだ。1つがツナマヨでも、もう一個はふつう違うものを…
…。
……。
…………は?
「ちょっと、私は梅とかしゃけとかって頼んだよね。なんでツナマヨ?しかもなんで同じの二個?他のおにぎりは売り切れてたの?」
念のために言っておくが、別に私はツナマヨ自体に恨みはない。ツナマヨが好きな人がいることも解っている。
ただ、私は、ツナマヨが、食べられない。
そして彼は答えた。
「いや、ツナマヨ以外も売ってました」
「じゃあなんでツナマヨにした?」
「だって、女子は普通、ツナマヨじゃないですか」
「は?」
「女子はツナマヨを食べればいいんですよ」
「私はツナマヨ食べられないから梅とかしゃけを頼んだんだけど」
「ツナマヨが嫌いな女子とか信じられないです。いるわけないです。女子なんだから食べられますよね」
「いや、食べられないものは食べられないから。あなたは何おにぎり買ってきたの?」
「梅としゃけですけど」
「は?じゃあ取り替えて」
「嫌です。俺はツナマヨ食べられないので」
「は?…は???」
結局、私は昼飯を抜いた。食べられないツナマヨは同僚に食べてもらい、私は空腹を堪えて夜までを耐え忍んだ。ちなみにツナマヨの代金は私が払った。
その後、私も体調を崩して退職したが、
……この時の殺意を、私はいまだに忘れていない…。
食べ物の恨みは深いぞ。
私は今もツナマヨは食べられないままだ。