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【短編小説】デート
その少女に会うのは二度目だった。今さら狼狽える必要もない。たかが十五の小娘じゃないか。伊達に四十一年生きてきたわけじゃない――と言いながら動悸が激しくなり、思わず舌打ちしそうになる。
色白のうりざね顔。肌は真珠のように滑らかで、薄桃色のぽってりとした唇が、蠱惑的でさえある。白シャツにブルーのスキニーデニム、小ざっぱりとしたファッションに夜色の長い黒髪が二、三歳ほど印象年齢を引き上げている。テレビでやってるお茶のCMにでも出てきそうなそこはかとなく清涼感のある子で……つまりは――私のタイプである。
彼女と初めて会ったとき、第一声は「おじさん、お腹すいた」だった。お定まりの文句がこんなにしっくりくるものかと、苦笑してしまったのを覚えている。
「おじさん?」
私がぼーっとしていると少女がすっと腕をまわしてきた。
「なんか食べたいね」
なんのてらいも恥じらいもない信じきっているまなざし。奥二重の黒目がちの目が、くりくりと動き、利発そうに輝いている。
「なにがいい?」
「寿司とピザとケーキと焼肉!」
「……それはかまわないが、全部食べれるのか」
「食べれなくても食べたいものは全部言わないと気が済まないの」
「じゃあ、全部食べれるチェーン店だな」
「わお!」
少女が嬉しそうに笑うと、本当にそこに小さな太陽が咲いたように胸の中があったかくなった。
「ねえ、おじさん」
「ん?」
「会うのもこれで二回目だし」
「うん」
「もうそろそろ、お父さんって呼んでも、いいですか?」
「!」
少女は顔色を変えてなかったが、指先がかすかに震えているのが見えた。
「君が呼びたいなら……」
いや、そんな言い方はずるいな。私は高鳴る鼓動をおさえ、静かにいった。
「ずっと、そう呼ばれるのを待っていたんだ……」
言った途端、ふいに目頭が熱くなり、天を仰いだ。「そう」とだけ、少女は――いや、娘は言った。その視線は私のゆるみきったお腹に向けられたまま、どこか遠くを見つめているようだった。
「……私ね、お父さんのこと覚えてた」
「そうか」
娘と離れたのは、彼女がまだ2歳のときだっただから、もう顔も忘れられているだろうと思っていた。
「顔か? それとも一緒に遊んだ記憶か? それとも――」
「ううん、匂いだよ」
「え、俺、そんなに臭いか?」
「あ、くさいとかじゃなくて。なんていうかもっと、あったかい匂い。太陽をいっぱい浴びた“とうもころし“みたいな」
「トウモロコシだろ」
「かわいい子は“とうもころし”っていうの。ジブリ好きなら常識だって!」
「ふーん」
「……お父さんの背中に寝そべったこと。一緒のお布団で寝たこと。高い高いしてもらったこと。追いかけっこしてつかまって、ぎゅって抱きしめてもらったこと。みんなうっすらとしか覚えてないの」
「うん」
「けど、めっちゃ楽しかった! っていうテンションと、そのあったかい匂いだけは覚えてた」
「うん……」
「だから、あった瞬間、あ、お父さんだ! ってすぐわかった」
「うん……」
「わかったっていうか、感じたんだ。お父さんのにおい」
「うん」
「それが、めちゃくちゃ嬉しくて。私ってば偉いなって」
「うん」
「ねえ、お父さん?」
「うん?」
「さっきから、うんとかすんとかしか言ってないじゃん」
「すんは言ってないだろ。すんは……」
「お父さんて、泣き虫なんだね」
「……すん」
娘がハンカチを出し、私に渡さずに鼻水までふき取っていく。
「もうしょうがないなあ」
「いうな。自分でももてあましてる」
「お待たせしましたー!」
ウェイトレスの甲高い声がして、次々と料理が運ばれてきた。
「よーし! 食うぞー!」
今年で十五になる娘が黒髪を後ろに結わえながら、気合を入れた。テーブルに並べられた料理に黒目がますます爛々と輝いていく。
「お父さん、早く食べよ! ピザさめちゃうよ! ほら!」
「お、そっちのバジルのも取ってくれ」
「はいな! あ、じゃあ、そっちのアンチョビのも半分こね!」
こんなに贅沢なデートはない、そう思った。
「ねえお父さん、また来ようね!」
「おい、もう次の予約か?」
「女は貪欲なの」
「ただの食い意地だろ」
「違うよ」
「じゃあ、なんだ」
「お父さんに会いたいからに決まってんじゃん」
「うっ!」
馬鹿め。さらっと嬉しいことを言うんじゃない。
「あ! もうお父さん! またかよ、鼻水がピザに垂れちゃうじゃーん!」
「涙もろくなる年頃なんだ」
「しょうがないなあ、お父さんは」
娘がテーブルの上の紙ナプキンまで総動員して私をリニューアルしてくれる。
「ほら、隣のテーブルのも持ってきたから、これも使って!」
「お、おう」
私は鼻をかみながら、娘の中の、太陽のようにあったかい
その匂いに感謝した。
―了―
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