『吉田の塔』
「バベルの塔」よろしく人類が「吉田の塔」なんかを創り上げちゃった日、その傲慢さに神は怒り、指をパチンッと鳴らした。
すると、「ですよねー」というくらいに
この世のありとあらゆる「吉田」が一瞬にして消え去った。
「そこまで徹底的にやらなくてもー…」ってくらい、
吉田と名の付く人間はもちろん、地名や「吉田学校」なんて小説のタイトルからも丁寧に「吉田」がはぎ取られ、もはやただの「学校」になったりした。
なんなら、その元になった実在のお偉い議員さんを支えた国会議員グループ「吉田学校」なんかも存在ごと掻き消えてしまっていた。
人類はちょっとしたパニックに陥った。
まあ、それはそうだろう。
この世から「吉田」という概念自体が消え失せてしまったのだから。
や、マジだって。少し想像すればわかるっしょ。
「吉」も「田」もいきなりなくなったんだぜ?
てことはつまり、これまで「山田」で通ってた人なんか、ただの「山」になってるし、「吉川」なんて、まあけっこう美人の女優さんがいそうな名だけど、今じゃただの「川」だかんね。
あ、言い忘れてたけどさ。徹底的につうくらいだから、実のところ「よ」も「し」も「だ」も消えちゃってて、それだけでもうけっこう会話とかカオスになるし、人類はそこはかとないパニック状態に陥ってしまったわけよ。どんだけ「吉田」が意思の疎通に必要だったか、痛感しただろうし、痛感してくれなきゃ神も天罰を与えた甲斐もないし、なるようにしてなっちゃったわけだけども。
今、「なるようにしてなっちゃったわけだけども」って書いたけど、本当はそこ「なるうにてなっちゃったわけけども」なの。「よしだ」抜き言葉が実際のこの世の言葉になっちゃったんだから。や、面倒なのはわかるけど、俺ら人類が引き起こした結果だし、甘んじて引き受けようっつーか、とにかくこれ全部自分で「よ」「し」「だ」抜きで読んでみてね。ただの苦痛でしかないと思うけど。
さ、人類はパニックには陥ったけども、「どうしようか?」とも思ってない。ただ「吉田」が抜けてて意思の疎通がはかりにくいだけだし、なんとか生きてはいけるし、そもそも「吉田」という概念自体消えちゃってるから、自分たちに今何が足りてないかも気づけない塩梅なんだよね。
「なんか調子狂うなあ」くらいで。
神も旅に出てしばらく戻ってこないみたいだし。まあ、人類時間で百億年とかたったらふらりと戻ってくるかもしれないし、気長に待とうかなと思ってる。それが今のところのケツのロン。「吉田」という概念のちょっぴり長い家出、って感じかな。
それじゃあ、いつの日かまた、宇宙の底に消え去ったはずの無量無数の「吉田」たちがわらわらと帰ってこれる日を願って眠りにつくとしようジャマイカ。
・・・・・・Zzz
――あ……え?
や、今うたたねしたらさ、みんな居たわ。
全国津々浦々、ありとあらゆる地平の吉田たちが、俺の夢の中に。
神の野郎、人の夢の世界に「吉田」の全部を捨てていくんじゃねえよ!
あーあ、どうやらしばらく「吉田不足」に陥る心配だけはないらしい。
寝不足だけが心配だ。
<おしまい>
水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。