『(もうひとつの)シャーロック・ホームズの冒険』~ホームズなんて足湯小説だ、なんて言ってごめん⑤~
「緋色」を読む前に少しだけ創元推理文庫版の第一短編「冒険」の『ボヘミアの醜聞』を読み始めてみたら、序盤で何かひっかかった。これまで触れてきた新潮や光文社の訳文と何かが違っていてホームズに違和感が……。
※大昔ホームズを読み進めていた頃の記録メモの⑤です。
「緋色」を読む前に少しだけ、第一短編「冒険」の
『ボヘミアの醜聞』を読み始めてしまった。
すると、序盤で何かひっかかった。
これまで触れてきた、新潮や光文社の訳文と
何かが違っていて、憎めないホームズに違和感が…。
なんだろう?
気のせいかもしれないが、鼻につくなにかが
一瞬胸の内をかすめていったような?
新潮のは古めかしいけれど、そのぶん格調と、
なんとも言えない奥行きのある味わいがあって、
嫌みな感じがせず、
光文社のは古めかしさはいくらか柔らかくなって
読みやすくなっているのだけれど、
それでいて、ホームズ特有の憎めない個性みたいなものは
新潮と同じような輪郭で、留めているような感じがあり、
これといった違和感もなく平行して読んでこれた。
どちらのホームズも、お約束のように
たいていワトソンや依頼者について
ズケズケと言い当てるんだけど、
それが嫌みにならない感じで、たえず、
エレガントなユーモアに包まれたまま
ほっこり笑えてくるような何かになっている。
そういうキャラの核?ともいうべき部分が、
今ちょっと読んだだけだけど、
えらぶりたい青さなのか、はたまた、
強烈すぎる自負のせいか、
かすかに鼻についた気がした。
語尾、かしら?
うーん、これはもう、ただの好みなのかもしれない。
最初にどの訳から入ったか?というのも、関係してくるかもね。
前知識がヘタに入るとアレね(汗
創元版の「回想」があったら、ぜひ読んでみたいんだけど、
たとえば、新潮の(「思い出」の)延原さん訳、
『白銀号事件(名馬シルヴァー・ブレイズ)』の冒頭は――
「ワトスン君、僕は行かなきゃなるまいと思うよ」
ある朝、いっしょに食卓についているとき、ホームズがいった。
「行くって、どこへ?」
「ダートムアへさ――キングズ・パイランドだ」
べつに驚きはしなかった。いな、むしろ私は、
いま全イングランドでうわさの種になっている
このとんでもない事件に、ホームズが関係しないのを、
不思議にさえ思っていたのである。
第一声、「ワトスン君、僕は行かなきゃなるまいと思うよ」
なんてしびれるね~。
そして「いな、むしろ私は~」なんて古風でなんか赴きあるじゃないの!
(そこはワトスンだけど)
つーかタイトルが「白銀号事件」だもん、
なんか全体レトロでいいのよねぇ。
そして、光文社の「回想」の日暮さんの
『名馬シルヴァー・ブレイズ』の冒頭は――
「ワトスン、ぼくは行かなくちゃならんようだよ」
ある朝、朝食のテーブルについたホームズがいった。
「行くって、どこへ?」
「ダートムアさ――キングズ・パイランドだ」
わたしは驚かなかった。いやむしろ、
英国じゅうでこれほど話題になっている事件に、
彼がいまだに乗りだしていないことのほうが、不思議だったのだ。
こっち、ずいぶん整理されて読みやすくなってますね。
でも、新潮のいい意味での古めかしい回りくどさがクセになってると、
ちとライトで物足りない時も(笑
光文社のは全編こうして読みやすくスマートになってます。
でも、ホームズの持っている感じは、
自分の中ではそれほどブレずにいれた。挿絵もいいし。
「ボヘミア」の冒頭をパラリした感触だけで
決めつけはしないけど、ホームズは頭よくて、
どうかすると嫌みに受け取られかねないキャラだから、
あんましえばんない感じでやってほしいな。
といっても、これは訳文だけの問題じゃないかもね;;
あとは、最後まで読んでから判断しようと思うけど、
阿部さんの訳がフィットしてくることを祈る。
追記:
「ボヘミア」のみ読了。
ホームズが、とある女性に翻弄されるという珍しい一編。
小気味よくて、クスっとできる。
アイリーネ・アドラーおそるべし!
翻訳問題については、少し慣れてきましたが…(安;
極私的な判断では、阿部さんのホームズは
他のホームズと比べてやや淡々とクールにきどった傾向が強い印象。
(上記はボヘミアだけかもしれず、
他の話では別の顔を見せてたりするかも?)
延原さんのは、もっと落ち着いてて
私の大好きな故広川太一郎がハマリそうな趣きがある。
うちに秘めた推理と正義への烈々たる情熱はあるのだけど、
どんなにがむしゃらになっても、がむしゃらにみえない
飄々とした紳士の風味があって、
そこに孤高の天才のアイロニーと
強烈な自負がかいまみえる感じも加わると、もうたまらない。
「思い出」の『最後の事件』なんかは最高!
日暮さんのは、どちらかと言えば落ち着きがあるホームズの線で、
だけど言葉遣いがもっと近代チックに洗練された感じ。
多少まろやかで緩くなった印象?
訳者の生年月日を調べてみると、私の予想通り、
延原さんが一番年上だった。
あの味わいは熟年の味わい、まなざしなのだな。
きっと。
延原さん:1892年生まれ
阿部さん:1903年生まれ
日暮さん:1954年生まれ