大物芸能人から言われた”一言”(42)
~ 概要 ~
私は、ある大物芸能人から、『あなたに会うために、これまで生かされていたのだと思う』と大変ありがたい言葉をいただいた。これは、日本を代表する俳優から、サラリーマンである私がそんな言葉をいただくまでの出来事を記したメモである。
第3章の概要 ~未来を担う若者たちを築く塾~
平安な世界を創るため、私は、「未来を担う若者たちを築く(育む)塾」を創ることを決めた。そして、2018年2月15日に、多くの方々の協力のもと、「お金」を一切絡めない、「心」で繋がり、「心」で進める塾を開講した。
初年度は、試験的に多くのことを試み、塾の方向性・内容を高める年とし、実施していくこととなるのであった。
「若者」
塾に参加していた若者について、話をしたい。
彼ら、彼女らは、皆、前向きなポジティブなエネルギーを放っていた。
若い人たちからは、マイナスのパワーは少なく、ほとんどのエネルギーはポジティブであった。
人生に対して、前を向く、そのエネルギーは、とても良いもので、若さならではだと感じた。
年を取ると、知らないうちにマイナスのパワーを放つ人が、だんだん増えているような気がする。
また、そのころを振り返ると、塾を立ち上げた私以上にポジティブであり、強い力を放つ人はいなかったと思う。
そして、私以上に強い力を持った人がいるようでは、ダメだと私は思う。
また、あの頃の私の想いは、1ミクロもズレることなく、今もまだ、熱いままである。
次回に続く・・・
<余談>
「家紋」
私の実家の家紋は、長野県の諏訪大社と関係があることがわかった。
そして、それから数か月が過ぎた日に、私は、諏訪大社と山梨県甲府のお寺を訪れた。
山梨県甲府のお寺には、ずっと行きたいと思っていたが、やっと、自然の流れで、行くことができたのが、2022年であった。そして、諏訪大社にも、行くことができた。
訪れた日は、あいにくの空模様で、とても重い雲が、空を覆っていた。まさに、曇天であった。
分厚い雲に覆われた姿を見て、私は、武田信玄を思い描いていた。
そして、不思議なことに、諏訪大社の一帯だけは、雲がなく、太陽の光がさしていた。
諏訪大社に、そして、諏訪地区に、初めて訪れたのだが、私の心は、とても穏やかで、馴染んでいた。
故郷に帰ってきた。慣れ親しんだ場所に戻ってきた感覚であった。そして、心躍り、思うがままに、歩き回った。
生きているうちに、この地を訪れることができ、本当に良かった。
また、貴重な1日であった。
次回の「余談」に続く・・・
第一章のあらすじ
大物芸能人から言われた”一言”(7)を参照ください。
第二章のあらすじ
大物芸能人から言われた”一言”(18)を参照ください。