道中の上り坂を軽視しがちな日本競馬
せっかくのGW、ということでちょっとコラムをば。
先週の天皇賞・春、競走中止が2頭、そのうちの1頭は1倍台の断然1番人気馬で、さらに入線後に故障が伝えられた馬も1頭、と色んなしこりを残す結果となりました。
故障馬の多さから、「過酷なレースだった」とも言われていますが、レース上がりは35.3秒。コース自体が違うとはいえ、昨年の36.4秒よりも速い上がりでした。
つまり、レース自体が過酷だったというわけではないと思うんですよね。
むしろ、コース構造を理解しないままペースメイクをミスった逃げ・先行馬の自滅、というのが今回のレースの本質だと思います。
§1:坂の存在と長距離経験
天皇賞・春では、戦前川田騎手の長距離成績の低さが言われていました。
ただ、そんなことよりも、
タイトルホルダーに騎乗する横山和生騎手、アスクビクターモアに騎乗する横山武史騎手、どちらも京都は乗ったことがないし、当然京都3,200mも未経験であるというのがポイントだと、戦前に指摘していました。
そして、もう1つのポイントが下り坂手前にある上り坂の存在。
2018年の天皇賞・春が象徴的ですが、逃げ馬が離して逃げていたため、1,000m付近で色んな騎手がどんどん位置を上げていきました。そして、その中に例の川田騎手もいました。
で、位置を上げた馬たちがどうなったかというと、
直線で止まりました。
あと、今でこそ関東を主場にしているデムーロ騎手も、関西が主場だったころ、この京都でよく後方から捲っていました。
で、止まっていました。
個人的に印象に残っているのは2018年5月12日の京都5R、未勝利戦ですかね。2番人気の馬に乗っていたのですが、1,000m通過した辺りで仕掛けて、下り坂でぐっと位置を上げますが、上り坂でジワジワ加速していたことが祟り、前を捕まえられず、後ろからも差される始末でした。
上がり勝負になっているのですが、上り坂で加速してしまったもんだから、脚が削がれて上がり勝負に対応できず。(元々上がりが使えない馬だったということもありそうですが)
坂を上り切った後は、下り坂だし、最後は平坦だからそう簡単に止まらないんじゃないかと言っている人を見かけましたが、
だったら、
2018年天皇賞・春で位置を上げた馬たちが止まった理由は?
デムーロの捲りが悉く決まらなかった理由は?
長距離経験が大事なのは、こういった失敗を何度も繰り返すことで、どこで仕掛けるべきか、どこで動かない方が良いか、を見極められるようになるからです。
いつもは前づけする和田騎手×ディープボンドが最初どこにいたか、もう1度レースをよく見てみてください。和田騎手が長距離得意な理由が分かると思います。
逆に、前のめりになっていた先行勢の中に、京都長距離未経験の横山兄弟がいたことは決して偶然ではないと思います。
先行馬だから仕方ない側面はあるにせよ、ディープボンドだって本来は先行馬ですから、スタート直後どう動くべきかを経験で知っていれば、あんなガンガン前になんていかなかったはずです。
競馬マスコミは、何故か京都の下り坂での下り方ばかり取り上げるのですが、上り坂の方が負荷がかかりますから、そういった部分をもっと考えないといけない。
§2:最初の400mですべてが終わった5頭
これを踏まえて見ると、如何にスタートから自滅ペースを刻んだかがよく分かります。
今年の天皇賞・春の最初の600mは
12.3-10.8-11.9(3F35.0)でした。
3F35.0秒はマイルのペースですから、倍も走るのに同じようなペースで走っている、というのも正直解せませんが、これをコース構造と照らし合わせるとさらに際立ちます。
一番キツそうな坂で最も速いラップを刻んでいることがよく分かると思います。これについて「マラソン走るのに、スタート直後の上り坂を全速力で走ってる」と例えているのを見かけたのですが、まさにその通り。
トラッキング入りの映像を見るとよく分かりますが、
映像の0:23辺りで、アフリカンゴールドが全速力でハナをとりに行っているのが見えます。ここがおおよそ200m通過地点。
で、上のコース構造を見れば分かる通り、200m通過時点では既に上り坂に入っているんですよね。
で、アフリカンゴールドをやり過ごしつつも、距離を空け過ぎないようついて行ったのがタイトルホルダー⇒アスクビクターモア⇒ディープモンスター⇒アイアンバローズ。
それぞれ、競走中止⇒11着⇒14着⇒13着で入線しています。
少し間を空けてディアスティマ、そしてディープボンド。
トラッキングだとデフォルメされているので、近いようにも見えますが、実際は先頭まで10数馬身もありますから、和田騎手がいかに速いと見て控えていたかがよく分かります。
§3:騎乗は正しかったのか?
レース直後、アフリカンゴールド(国分騎手)の騎乗に関して賛否あがっておりましたが、正直私は否定派です。
確かに、ペースをどう刻もうが逃げ馬の勝手ではあります。戦前から逃げ宣言もしていましたし、タイトルホルダー陣営もそこは織り込み済みだったと思います。
ですが、いくら「自分の競馬に徹しただけ」だとしても、3,200mも走らないといけないのに、スタート直後の上り坂を全速力で駆け上がって勝てる算段がどこにあるのでしょうか?
これでは競馬とは言えないと思います。少なくとも、考えて乗っていないと言われても仕方ありません。
実際、過去の前半600mを見てみましたが・・・
2023年 12.3-10.8-11.9
2020年 13.2-12.4-12.4
2019年 12.9-11.5-11.6
2018年 13.0-11.2-11.4
2017年 12.9-11.5-11.2
2016年 13.0-12.1-12.4
2015年 12.7-11.4-12.0
2014年 12.8-12.0-12.1
2013年 13.0-11.9-11.6
2012年 13.0-11.6-11.3
2011年 13.2-11.7-12.9
2010年 13.3-11.9-12.0
2009年 13.3-11.7-11.4
2008年 13.3-12.1-11.4
2007年 13.2-11.9-11.8
2006年 13.0-11.7-11.5
2005年 13.3-12.1-12.3
2004年 13.2-12.0-12.0
2003年 13.0-12.2-11.9
2002年 13.3-13.5-12.8
2001年 12.5-11.8-10.9
2000年 12.6-11.4-11.6
1999年 12.6-12.9-11.8
1998年 12.7-12.7-12.6
1997年 13.1-12.6-12.1
1996年 12.7-12.6-11.9
1995年 12.9-12.9-11.8
1994年 13.6-12.5-12.8
1993年 13.0-12.0-12.3
30年間(2022・2021年の阪神を除く)上り坂を10秒台で駆け上がった事象は一度もありません。
唯一前半3Fで10秒台が2001年に一度だけありましたが、ここは下り坂の箇所ですから、上り坂ほどの負荷はありません。
競馬予想TVで小林氏が空前のハイペースになる、と言っていましたが、その通りになったとも言えます。
なお、戦前タイトルホルダーの歩様が固いということが指摘されていたという話もあるので、タイトルホルダーがベストコンディションだったわけではないであろうということは、認識しております。
§4:何故か軽視される道中の上り坂
この事象を受けて、やっぱりなーんか、道中の上り坂を軽視する日本の競馬ファン多いなという印象です。
最後の直線は上り坂だ~平坦だ~、という話ばかりが意識されて、道中の上り坂/下り坂はノータッチ。
実際、そのせいで軽視すべき馬が人気になるということが見られます。
2022年 函館スプリントステークス
昨年、会社で何故か行うことになった競馬講座で書いたスライドを貼り付けて説明しますと、
このように、函館コースはず~~~っと上り坂なので、逃げ先行馬は軽視すべきですし、特に人気している2頭は、
平坦か下り坂+平坦で勝っていますから、上り坂がずっと続くレースで果たして強いのか?と軽視すべきなんです。
で、実際結果はこうでした。
凱旋門賞
欧州競馬の最大の特徴は恐ろしい程の高低差、なのですが、何故か「馬場が重たい」ということばかりが言われます。
もう少し道中の坂の高低差を考えた方が良いのでは?
これを見れば分かりますが、中山競馬場が平坦に見えます。
もちろん、道悪は日本馬にとって過酷なものではありますが、道悪に加えてこの高低差を走りながら上り下りしていれば、相当なスタミナを削られるのは当然ではないでしょうか。
ロンシャン競馬場に限らず、欧州にはこうした恐ろしい高低差のある競馬場がいくらでもあります。
そんな場所で走り続ける馬たち相手に、平坦みたいな競馬場で走っている日本馬がそう簡単に通用するわけもなく。
§5:おわりに
というわけで、天皇賞・春の事象を受けて、道中における坂の重要性について書いてみました。
今回は上り坂の話でしたが、逆に下り坂に視点を移すと、
中京の3~4角から下り坂になっているのでロンスパになりやすい、中山1200はスタートから下り坂なので前半33秒になっても後半上がりが掛かりにくい、といったコースの特徴が理屈で理解できます。
これが、予想的中のヒントになるわけです。
だからこそ、最後の直線だけでなく、道中の坂もしっかり意識すべきだと私は考えます。