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【私小説】かおる君との時間

楽しかった入院生活

かおる君に出会った時,彼は7歳だった。私はもうすぐ5歳くらいだったと思う。でもかおる君の体はとても細く小さくて、周りから見たらまるで姉弟みたいに見えていたかもしれない。でも一番の仲良しになった。
薬の時間、いつも涙目でえづく私を励ましてくれたのがかおる君だった。
同じ部屋の子は皆私より入院生活が長く仲が良かった。でもその中で一番年下で、一番新入りの私はその輪の中に入れず、部屋にいることが苦痛で仕方なかった。なので私は看護婦さん(現在は看護師さんですね)の目を盗んではかおる君の部屋へ遊びに行くようになっていた。

おもちゃ箱のような個室部屋  

わぁーすごい!」初めてかおる君の個室部屋に入った時、そんな言葉しか出ないくらい部屋の中はたくさんのオモチャやぬいぐるみ、壁に飾られたたくさんの絵で埋め尽くされていた。そして真ん中に白いベット。
私なんて自分のベットには飾りもなければオモチャぬいぐるみもない。あるのはお絵描きセットとぬり絵だけだった。

部屋を抜け出してかおる君の部屋に行くと、かおる君のママは「少しだけね」と言って遊ばせてくれた。
「かおる君のお部屋には行っちゃだめ!」そう看護婦さんや母にも言われてたので、トイレに行くふりをして、こっそり部屋を抜け出して遊びに行っていたのだ。なぜ部屋に遊びに行ってはダメなのかなんて、その時の幼い私の頭では想像することすらできるはずもなかった。

小さな冒険

当たり前の話だが入院中なので楽しみってものが本当に限られていた。もちろん場所は病院なわけで、皆が何かしらの病気で入院してるから当然のことなのだが。
入院中みんなが一番欲してたことは何かというと、口を揃えて一番に挙げるのは ”TVが見たい” って事だった。
しかし病棟にテレビはなく、外来にひとつだけ大きなテレビがあった。
だから大きい子は病棟をこっそり抜け出し見に行ったりしていた。
もちろん見つかったら看護婦さんにめちゃめちゃ怒られるので行くには
かなりの勇気が必要。一人で行くなんてとてもじゃないけど怖くて行けるはずもない。そのことをかおる君に話すと

「二人で行ってみよっか!」と言い出した。
「ダメだよ!見つかったらすごく怒られるもん!」
「僕も一度行ってみたかったんだよ!行こうよ!」

かおる君と私は計画を練った。
次の日の午後、見たい番組の始まる時間の午後4時に行くと決めた。
もうワクワクとドキドキでその日の夜は消灯を過ぎてもなかなか寝付けなかったのを今でも覚えている。

決行の時

その日は朝から落ち着かなくって、時間が経つのがとても長く感じた。ドキドキし過ぎて朝も昼もご飯も残してしまうくらい。
お昼の薬の時間にかおる君は私と言葉も交わさず少し離れた場所から、小さく”ファイト”のポーズをして見せた。

そして決行の時。

待ち合わせ場所の階段へ行くとかおる君は影に隠れて私が来るのを先に待っていた。

「見つかったら怒られるから階段で行こう!」

確か小児科病棟は5階だったと思う。降りるのがとても大変だった。
かおる君と私は1階につくまで息が上がって途中何度も立ち止まった。
膝に両手を置き呼吸を整え再び下に向かって階段を降りた。
喘息の私は息切れから発作が起きてしまうこともあったのでとても怖かったけど、きっと自分も苦しいはずのかおる君は私の手を一生懸命引っ張って階段を降りてくれた。

やっとの思いで外来に到着。

しかしテレビがどこにあるかわからない。私も救急で運ばれてきた病院だったので外来へ行ったのは初めてだった。
前に他の子が「薬をもらうところ」って言ってたのを思い出し、あたりを歩いてる大人に「薬もらうとこってどこですか?」って二人で声を合わせ聞いた。そして手を繋ぎ探し歩いた。

やっとテレビを発見!
しかし大人が占領しててチャンネルを変えることができない。多分その時の私たちは二人して悲しそうな顔でもしてたのだろう。側にいた人が親切にチャンネルを変えてくれた。
多分、NHKの教育テレビだったと思うがテレビを見ることができた。

「やっと見れたねー!」二人で喜んだ。

テレビが見れたから嬉しかったのではない。二人一緒に、そこに行けたことが嬉しかった。テレビの内容なんて正直何も覚えていない。
覚えているのは、嬉しそうに「僕たちってすごいよね!」と目を輝かせ笑っていたかおる君の笑顔だけ。

ほんのつかの間の楽しい時間だったがほどなく看護婦さんに発見されすごく怒られて病棟へ連れ戻された。
ナースステーションではかおる君のママと私の母が待っていて、お互い謝りあっていた。
気まずい私たちはただ目を合わせるだけ。
でもその時のかおる君の目は「また行こうね!」と言ってるように私には見えた。

「またね、バイバイ・・・」

そういって各自の部屋に戻った。
母は大きな声で私を𠮟りつけ、思いっきり私の頬を叩いた。
「もうかおる君の部屋に行っちゃだめ!」
「自分が何をしたかわかってるの?!!反省しなさい!!」

母は日頃から私を叩くことが多かった
ので平気だったけど、かおる君の所へ行ってはダメ!と言われたことが悲しかったしすごく腹が立った。
母さんなんて大っ嫌い!!」大きな声でそう言った後、号泣した。

そしてその夜・・・私は発作を起こしてしまう。

とても苦しかったけど、元気になったらまたかおる君と遊びたい!
そう思ったら耐えられたし頑張れた。

後から聞いた話だとかおる君は私が発作を起こしてベットに寝たきりになってた時、何度も私の部屋を覗きに来ていたらしい。


見つかったら看護婦さんに叱られるから、きっと一人でこっそりと会いに来てくれたんだと思う。


続く


#思い出 #小さな冒険 #小児喘息  






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