関西ジャニーズJr.という名の家族
2021年11月12日に、ジャニーズ事務所から「なにわ男子」がデビューした。
デビュー当日は、CMやTV番組への出演、街に出れば看板が目に入る事もあり、ジャニーズアイドルに興味が無い方も「なにわ男子」の名前を耳にしたと思う。
私は、約10年程ジャニーズオタクであり、「なにわ男子」は2018年の結成当時から応援していたため、彼らのデビュー日の11月12日は私にも特別な日であったし、デビュー決定が報道された7月28日は、嬉し泣きをする彼らの姿を見て、私も涙を流しながら喜んだ。
ジャニーズタレントの「デビュー」とは
11月12日に「なにわ男子」は「デビュー」したのだが、非ジャニーズオタクの方からすると「デビュー」と言われても、既に芸能人として活躍している彼らが「デビュー」という事が何か分かりづらいかと思うので、説明をしたい。
ジャニーズのタレントが「デビューする」事とは、「CDが発売されること」である。なので「CDデビュー」が正しい表現となる。「なにわ男子」の名前でCDが発売され、カラオケで彼らの曲が歌えるようになる事を「デビュー」と言い、ジャニーズ事務所の中でCDデビュー前のタレントを「Jr.」と呼び、デビューをしているタレントの事を「デビュー組」と呼ぶ。
今や国内外のメジャーなミュージシャンの曲がSpotify等のサブスクで配信されるのが当たり前の2021年、CDでしか楽曲を販売しないスタイルは少し古い気もするが、一部のジャニーズタレントを除いた曲はCDを買わないと聞けないシステムになっており、CDを発売するタレントとになるという事は「Jr.」を卒業し「デビュー組」になるという事になる。
経営的な視点で表現するならば、ジャニーズ事務所という企業が、ジャニーズブランドに見合う「実力」があるタレントと認める事。企業の限りある資本の選択と集中を行い、同じ事務所内タレント同士のカニバリズムというリスクヘッジに耐えられるタレントと認める事でもある。
そう言ってしまえば、デビューさせるさせないも、ただの一企業の商品戦略なので、例え下積みが17年と長くても、それをテレビやネットで朝から晩まで騒ぎ立てる事は、ジャニーズオタクの私であっても少し大袈裟な気もする。
しかし、企業の経営と大きな違いは、彼らがアイドルという職業であるという事。「フレッシュさ」を失いデビュー組になれない場合、アイドルから一転、他の退所してしまったJr.達と同様に、アイドルを目指していた事以外何も持ち合わせない大人となってしまい、社会に放り出される。(一部例外もを除く)
なにわ男子の年長組は25才や24才。10代前半でデビューすることもあるアイドルと比べれば。「フレッシュさ」は崖っぷちに近い。華やかそうに見える彼らだが、実はギリギリの線にいたのだ。
関西組だからこそ重なる更なる条件
「なにわ男子」の場合、デビューの条件として、前述した「実力」「フレッシュさ」以外にも関西ジャニーズJr.の人気も関係してくると思っている。
「なにわ男子」の場合は東京ではなく、大阪を中心として活躍する関西ジャニーズJr.に所属している。関西ジャニーズJr.は、松竹座などに主役として舞台に立つ他、BSフジの番組でファンを客席に迎えて番組を進行している。
もし、「なにわ男子」以外のメンバーの人気がないまま「なにわ男子」をデビューさせてしまうと、「なにわ男子」がいなくなった関西ジャニーズJr.主演の舞台に足を運ぶファンが一気に減り、組織として一旦死ぬことになる。
まさしく、2014年の「ジャニーズWEST」デビュー後、目立ったメンバーがいなくなった関西ジャニーズJr.がファンに「焼け野原」と言われた時代が再度訪れてしまうのだ。
焼け野原時代を支えあった家族
今から7年前の2014年、関西ジャニーズJr.から「ジャニーズWEST」がデビュー。また、Jr.として人気のあった平野 紫耀、永瀬廉は東京に移り、グループも存在せず、ファンから「焼け野原」と言われるようになった。
指導者も少なく、何をすれば自分達がデビューできるか分からず孤独だった関西ジャニーズJr.を、同じ関西ジャニーズJr.出身の関ジャニ∞の大倉忠義と、横山 裕がプロデューサーとして手伝い始める。
当時、関ジャニ∞の2人から見て当時の関西ジャニーズJr.のメンバーは東京のジャニーズJr.メンバーに比べて見劣りする実力だったが、次第に関西ジャニーズJr.の実力を上げ、人気が上がって来た。
2019年から「なにわ男子」は人気が急上昇し始める。「なにわ男子 First Live Tour 2019 ~なにわと一緒に#アオハルしよ?~」は、約208万席の応募で約70倍となった。
そんな人気が上がる中でも「なにわ男子」は、「なにわ男子」だけの事を考えるのではなく、関西ジャニーズJr.を牽引するセンターグループとして盛り上げている。そして、後輩グループの「Lilかんさい」「Aえ!Group」も「なにわ男子」と同じく次のデビューグループの座をライバルとして狙いながらも、グループの垣根を超えて協力し合っていた。
2020年の「Johnny's DREAM IsLAND 2020→2025 ~大好きなこの街から~」という配信限定のコンサートは、デビュー組の「関ジャニ∞」「ジャニーズWEST」という元関西ジャニーズJr.メンバーも共同でコンサートを行い、コロナ禍で次々と舞台やコンサートが中止となり、エンターテインメントの火が消えかかっていた関西のジャニーズの活動を盛り上げていた。
その関西ジャニーズJr.の姿は「家族」の様だ。時には喧嘩をしたり、自分より年下や後輩が大役に抜擢されて越されて悔しい思いをする事もあるが、兄弟の様に、悩みを相談したり、失敗をフォローしたりと助け合って成長しているのだ。
2021年11月12日それぞれの門出
2021年11月12日の「なにわ男子」デビュー前日。関西ジャニーズJr.のメンバーは「なにわ男子」を送り出す動画を撮影している。
まるで、就職が決まって東京に引っ越すお兄ちゃんを見送る親戚のようだ。「なにわ男子」メンバーは、卒業の挨拶をし、関西ジャニーズJr.として残るメンバーは笑顔で送り出した。
翌日の12日「なにわ男子」はCDデビューを果たした。CDデビューの模様はTVやインターネットで報道され、12日の最後は自分達のYoutubeチャンネルのLIVE配信で締めくくり、華々しいデビュー日を無事終えた。
関西ジャニーズJr.メンバーは、今まで関西圏のみで行っていた活動範囲を名古屋まで伸ばすなど、新たな取り組みを始めた。「なにわ男子」が抜けた関西ジャニーズJr.は、4つのグループが既に活躍しているし、プロデューサーの大倉というデビューグループを輩出した実績のある指導者がいる。2014年の様な焼け野原にはならなかった。
関西ジャニーズJr.はデビューという夢に向かって新しい家族となって走り続ける。私は1ファンとして彼らを応援し続ける事で、勇気をもらい、挫折にも負けずに前を向こうと思えるのだ。
私はこれからも、関西ジャニーズJr.を応援し続けて行きたい。そして、私も彼らの様な家族と新しい道を切り開きたいと思う。
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