ゆびさきの楽しみ
物心ついたときにはピアノを習い始めていた私。
きっと年少だか、年中だかぐらいからはじめていたと思う。高校を卒業して家を出るまで13年ぐらい続けていた。
ピアノをやっていると爪を伸ばせない。鍵盤をつかめなくなるからだ。
伸びては切り、伸びでは切りを繰り返した指の爪は、おしゃれを意識し始めた中学生、高校生の時には深爪が常習化していて、とてもきれいとは言えない指先になってしまっていた。
大学に入って一人暮らしを始めた。
実家を離れたことで必然的にピアノを辞めることになったけれども、飲食店で働き始めた私はやっぱり深爪の爪を伸ばしたり、マニキュアを塗っておしゃれすることはできなかった。
社会人になってから。
時々、気が向いたときにマニキュアを塗ったり、ジェルネイルをするようになった。一応会社の決まりで派手なものはできなかったけれども、仕事に差し支えない程度に、自分なりのゆびさきのおしゃれを楽しんだ。
そして今、この仕事を始めてからだれにも爪の色や爪の長さについて言われなくなった。自由にゆびさきのおしゃれを楽しむことができるようになった。
コンプレックスだった深爪を伸ばして、月に一回ネイルサロンでジェルネイルをしてもらって。
服なんて、はやりにあまりこだわりなくいつも好きなものを適当に着ているわたしだから、そういったおしゃれなんて興味がないものだと思っていたけれども、思いのほか、わたしはそういうことに興味があったらしい。
13年間ピアノの鍵盤をはじいていた指が、わたしの好きな色をまとって、毎月その色を変え、今はパソコンのキーボードをはじいている。
ピアノを辞めてもうすぐ10年。
自分の身に起きた変化に少し戸惑いながらも、自分の指を見て時々ふっと口元が緩む。
変えたばかりのネイルを天にかざして空を見上げてみたり、
美容室で髪の色を変えたり、
少し傷んでしまった髪を丁寧にトリートメントしてもらったり、
普段はセットなんてしない髪をきれいにセットしてもらったり、
新しい靴を履いて外へ出かけたり。
今まで大切にしてこなかったそういう部分をこれからはもっと大切にしていきたい。
体調を整えるのと同じで、穏やかな日常の狭間に転がる小さな幸せを拾い集めて、心を整えていきたい。