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雨と晴れ間に見た東京

上京した日、渋谷は曇り空だった。
私は渋谷駅で山手線から京王井の頭線に乗り換える時うっかり駅の外に出てしまった。どこに行けばよいのか分からずフラフラ歩いているうちに曇っていた空から雨がしとしと降ってきた。
傘なんてないぞ…と少し焦るも、周りを歩く人々で傘を持っている人はほとんどいなかった。
『よしよし、仲間は多いぞ。』
これで安心して濡れる覚悟ができた。
しかし雨は次第に強くなっていった。
びしょぬれになる前に早く井の頭線へたどり着かねばと思ったその時愕然とした。なんと周りの人々は次々とカバンから出した折り畳み傘を広げていくではないか。

『うそでしょ…』

というのも、地元では家族友人含めて自分の周りで折り畳み傘を持ち歩く人は少なかった。車がないと生活できない田舎だったというのが理由の一つで、車移動の時は傘なんて持たないのだ。そしてもう一つの理由は、小中高と学校は常に徒歩15分圏内。今ほど天気予報もあてにならないので一日中雨でなければ傘は持たない。だからずぶ濡れで下校することもあった。
…なんて周囲の人々を引き合いに出したものの結局、私は傘を持ち歩くのが多分嫌だったのだと思う。荷物になるから。

そんなわけで、ただの傘も滅多に持ち歩かない自分としては鞄から折りたたみ傘が出てくることにとても驚いた。と同時に最初の安心感はかき消された。
『自分だけめっちゃ濡れるじゃん…』
その後、一人だけ濡れる孤独感と春先の寒さに耐えきれずドラッグストアの店先で売られていたビニール傘を購入した。東京ってすぐになんでも買えるんだなぁ。

そんなこんなで、さっき購入した傘と大荷物を持って何とか井の頭線の電車に乗ってやっと一息つけた。ボーっと外を眺めていると雨は止んで少し晴れ間が見えていた。
『東京の人は折り畳み傘を持っているんだなあ…』
そして車窓を流れる景色が雨雲と青空を背景にした桜並木に変わった時、とても輝いていてなんだか感動した。

東京に住んでずいぶん経つが、この日のことは時折思い出す。
そして私は折り畳み傘をそっと鞄に忍ばせる人になったのだった。(たまに忍ばせない時もあるけど)


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