発想支援研究

〜1970年代

企業における業務などで実際的な要求から求められ実用化され一般化してきた手法として、以下の発想支援が挙げられる。

・オズボーン,A.F. によるBrainstorming
・ウィリアム・ゴードンによるSynectics(シネクティクス)
・川喜田二郎によるKJ法
・中山正和によるNM法

これらは実用性に重点を置いたものであり、多くは知識獲得の方法、グループワークの運用方法、ディスカッションの方法にとどまっている。人間の発想機構やその本質についてあまり理論的に考察されていない。


発想のモデル化

(1) 市川亀久弥の等価交換理論『創造性の科学(1976)』『創造工学(1977)』

人間の発想過程を一般化したモデルとして捉えようとした。
数々の製品開発事例や昆虫の成長過程などから、これらに共通するプロセスのモデル化を行い作成したモデル。具体的な問題からいったん本質にさかのぼり、別な問題での解決例を本質的に等化なものであるとみなし、異種結合を行っていることを示す。
市川の等価交換理論はいわゆる「水平思考」の発想法や、発想におけるイメージ思考の役割を異質な問題の本質における等価の発見としてうまく説明している…らしい。発想の家庭に歴史的な必然という視点を取り入れたのはユニークである。【問題点:生物の変態過程という自然現象と、人間の意識的活動との本質的な区別ができていない】

第一理論(スタティックに定義された論理):
互いに異なる事象(A, B)の間に適当な思考観点(Vi)を設定して、両者に共通する構成要素(等価次元のεとその限定条件のc)を抽出し、2事象間の等価関係を見つける。

第二理論(ダイナミックに定義された論理):
何らかの歴史的背景を背負う任意の事象(A)を前提とする。
これに思考観点(Vi)を設定する。
分解と捨象の手を加える(出発系特有の条件群 ∑ a の廃棄)。
過去から未来に伝承されるべき構成要素(c,ε)を抽象する。
これに新しい歴史的条件(到達系特有の条件群 ∑ b )を投入。
出発型となった事象(A) を新しい現実(B) に変換再構成する。

この等価方程式(モデル式)は次の意味を持つ。
(1) Ao・Bτとも既知に属している場合、両者に共通する適当なc・εの設定によって上式の意味を成立させることを「両者の等価関係を発見した」という。
(2) 既知に属しているAoを、適当な観点の導入により抽象(分解によって ∑ a の廃棄)し、これを右辺の変換系(τ系)上に新しい条件群を加えて再構成することを「AoからBτに等価交換した」という。

等価交換展開における3種類の次元区分:
①自己成長型の等価交換展開(昆虫の変態過程や生物進化しなどに見られるようなタイプ)
②被加工型の等価交換展開(人為の介在による発明などに見られるタイプ)
③統合型の等価交換展開(①②が統合されたタイプ)



(2) 伊東俊太郎のグノーモン型類推モデル『創造の理論と方法(1983)』

伊東の発想モデルであるグノーモンモデルは、市川の等価交換方程式を類推という形式に特化し、単純化したモデルとして理解しやすい。【問題点:発想過程には類推以外のかたちも存在する。aとa'の関係を「本質的」と判断できるかが明らかでない。市川の「歴史的必然」という目的論的視点がもつ意味を考察されていない。】

発見法の類似的分析3つ:
・帰納によるもの
・演繹によるもの
・発想によるもの(類推によるもの*・普遍化によるもの・極限化によるもの・システム化によるもの)

* 類推によるもの=類推のグノーモン的構造

既知のaとa' との間にある本質的関係がある場合、
既知のaとbとの関係と対応する関係をa'とb'との間に考え、
bと類比的に未知のb'を定立することである。
この場合、
カギ型矩形によって囲まれたa, a', bは既知のものであり、
これから未知のもの(創造的発見の対象)b'が類推される。


(3) 中山正和のHBCモデル『創造の理論と方法(1983)』

NM法を開発した中山がが、発想の構造を人間の大脳における思考機構のモデルとしてとらえたもの。このHBC(Human Brain Computer)モデルはMcCulloch & Pittsのモデル(『A logical calculus of the idea immanent in nervous activity(1943)』)に基づいて考えられたもので、人間の脳の計算モデル、つまり言語的な思考とイメージによる思考の関係がモデル化されたものである。【問題点:市川や伊東の例のような発想過程そのもののモデルが明示化されていない】

(1) [ S:Stimulate → O:Output変換器 ]:いのち
感覚器官からの信号を受け取って行動効果器に送り出す

(2) [ I:Image → O:Output ]:刷り込み
生きていくためのルールを学習し自動的に行動できるようにする"刷り込み"。潜在意識に当たるものの形成、イメージによって直接行動を起こす。

(3) [ I・S : Image Storage ]:イメージ記憶
過去に経験したことをイメージとして記憶する。[S→O]が刺激を受けると自動的に[I・S]を走査して過去の経験の中から役に立つ記憶イメージを引き出して行動の参考にする。

(4) [ W・S : Word Storage ]:コトバ記憶
イメージに直結したコトバ(Parole)を記憶する。ハナ、ヤマ、タベル、ハシルなどのコトバ。

(5) [ W・R : Word Retrieval ]:計算
イメージとコトバの関係が出来上がると言葉によって因果関係を知るようになる。ここに時間の流れ(イメージに直接関係ない抽象概念)が現れる。これによって経験事実からある"法則性"を見つけるという"帰納"能力、およびその法則から現在の環境を判断するという"演繹"能力を持つことになる。[W・S]のコトバを引き出すのは言語検索。

つまり、
コトバによる情報を受け取って、
[W・S]のコトバによって[I・S]のイメージを引き出し、
帰納と演繹を繰り返した後、
行動計画を作ることができるようになる

コトバが真実のデータであるためには[I・S]にある真実のデータに"なぞらえて(比喩)"実感できるものでなくてはならない。
[S→O]の無意識が[I・S]のイメージを走査して問題解決に役立つイメージを[W・R]に気付かせるなら、[W・S]のコトバによってその[S→O]の走査を手伝ってやろうということである。
発見の瞬間を"待っている"のではなく、発見の糸口を"引き出そう"とするのがNM方のねらい。


1980年代以降〜

(4) 掘浩一の発想モデル『発想支援システムの効果を議論するための一仮説(1994)』

シナジェティクスの考え方に基づいた発想モデル。発想支援システムにおいて、発想過程のどこをどのようにコントロールすべきかを示した。

前提)一つの概念はいくつかの概念要素が集まって構成される。
概念の活性度が上がるというのはいくつかの概念要素の組み合わせから構成される概念形成の可能性が高まったということである、と考えた。さらに概念要素が変化することにより他の要素の活性度が変化するかもしれないと考えれば、概念形成過程は次のような微分方程式で表すことができる、としている。

人間がいくつかの概念要素から概念を形成する場合、
ある特定の概念にハマり込んでしまう場合と、
特定の概念に安定できずにたえずいろいろな概念間を揺れ動く場合がある。

g, h, F, Гなどのパラメータを変化させることによって
思考に何らかの刺激を与え、発想をコントロールするのが
発想支援システムの役割である、とする。

発想支援システム:
①発想プロセスを変更させプロセス刺激
②形成される概念そのものを変更させることによる内容刺激


(5) 野口尚孝の発想過程モデル『目的論的視点からの設計行為の本質と発想の構造(1995)』

デザイナーの思考過程を、デザイン課題における抽象的表現からデザイン解の具体的表現に至る過程としてとらえた。デザイナーはこの途中で、一時的に思考過程を抽象化へ逆行させることで、発想を促進させている。直感的に理解し難い市川の等価交換方程式を分かりやすく図式化したものであると同時に、伊東のグノーモンモデルに時間軸を与えたものである。


1980〜90年代における発想支援の研究動向

コンピュータ・サイエンスを基盤とした人工知能などの研究領域で
発想支援システムの研究が盛んになった。
与えられた問題に対する最適解を探す方法についての研究が多め。
この人間が得意とする収束的思考ではなく、コンピュータが得意とする、できるだけ多くの可能解、あるいは解候補を探索しようとする発散的思考に関する研究の必要性が認識されてきた[2]。

国藤は発想支援システムを思考支援システム研究の中の
・発散的思考
・収束的思考
・アイデア結晶化
に関する部分を指し、図4のように位置づけた。

さらに発想支援システムの研究を以下の3つに分類した。
・発散的思考支援ツールの研究
・収束的思考支援ツールの研究
・創造的思考支援環境の研究

1995年以降〜
・グループワークでの発想支援ツール
 (Computer Supported Collaborative Works / or Group Ware)
・個人を対象とした発想支援ツール

さらに、
・手法に関する研究
 ・マルチメディアやインターネットという新しい通信手段・表現
 ・ジェネティックアルゴリズムや類推などのアルゴリズム手法
 ・データベースの新しい利用方法 …に基づいたもの
・利用領域に関する研究


発散的思考支援ツールの研究

(1) 知恵の泉(折原ら, 1994)
入力された文を構文解析し、
概念の定義・被定義階層の知識ベースをつくり
領域分割する類似の領域間で一方の領域にある定義・被定義層が他方にも存在すると仮定し類推を行うことで新しい概念を生成する
領域分割の方法が複数存在し、これを類推の視点とする

インタビューによるユーザのニーズの顕在化を目的として。それまでに獲得した知識を元に、まだ思いつかれていないルールの前件部を生成することを考え、そのために知識の関係構造を抽出し、この構造の類推として前件部抽出の手がかりを得ようとするシステム。

(2) 創造的発想支援システムAlva(田中一男, 1993)
NM法をヒントに、発想過程での「心的障壁」を破るために、百科事典的な大規模知識ベースの自由な検索を前提としたもの。言語表現の係り受け構造による類推を用いたシステム。



(3) Keyword Associator(渡部, 1991)
ニュースの記事による連想辞書を自動生成し、これを使って入力した言葉に近い新しいキーワードを生成するシステム。

(4) AA1(掘, 1994)
可視化された探索空間により混沌とした概念空間を分節化し、新しい概念の形成を促す方法。ある現象に関連する語群を任意に抽出し、これらの語群を単に関係があるかないかの判断から。多次元尺度構成法によって2次元空間に配置し、空間に布置された語群のすきまから新しい概念を抽出したり、これらをインタラクティブに変化させながら、概念形成の支援を図る。

(5) Metaphor Machine(Young, L. F., 1987*)
入力情報の構造をもとに、関係データベースの手法を応用して隠喩(Metaphor)を自動生成して提示するシステム。* Young, L. F.: The Metaphor Machine: A Database Method for Creativity Support, Decisio Support Systems7 Vo1.3, No.4, pp.309-317 (1987).


収束的思考支援ツールの研究

(1) 図的発想支援システム D-ABDUCTOR(三末, 杉山, 1994)

(2) グループウェア:知識獲得支援 GRAPE(国藤ら, 1991)

(3) 学生教育用対面会議支援システム 群元(宗森ら, 1992)

(4) グループ発想支援システム GrIPS(神田ら, 1993)
 Keyword Associator + D-ABDUCTOR


デザイン発想支援システム

※デザイン教育課程におけるノウハウの蓄積(高山正喜久, 分類による発想の研究, 1995)

コンピュータによる発想支援-

(1) 概念的な設計作業のための支援システム SC0/SC1(杉本ら, 1993)
SC0で複数の車の名前と属性データを多次元尺度構成法で解析し、社名のラベルを空間配置する。ユーザーが眺め自由に動かしているうちに設計概念を発想する。・・・




参考文献

1. 野口尚孝. 発想支援研究の動向と今後の課題 : デザイン発想支援システム研究の一助として. デザイン学研究 44, 45–52 (1998).
2. 国藤進: 発想支援システムの研究開発動向とその課題, 人工知能学会誌, 8, 5, 552-559 (1993).


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