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ヒトラーの髭
私は、ある方に仕えていました。彼は独裁者だったので、場には妙な緊張感があり、誰もがみな、彼の機嫌を損ねないよう、最新の注意を払っていました。
ふと、出かける支度をしている彼と目が合った私は、彼を讃える例の挨拶をしておきました。それを見た彼は満足そうに頷きます。
急に私は、 彼に呼ばれ、彼の髭の手入れをするように命じられたのです。髭と言えば、彼のトレードマークとも言える大事なところ。剃り損ねたら、一大事です。震える手で剃刀を、彼の頬に当て、そっと滑らすと、彼は
「痛い!もっとそっとやれ」
と、言うようなことを身振り手振りで伝えてきます。
そっと、慎重に、こんなに間近で、彼の皮膚に触れることなど、そうそうできることではありません。私は内心、誇らしいような興奮を覚えて、彼の瞳を見ると、じっと私を見下ろしています。
しかし、その目は、不思議と愛おしさに満ちており、私は彼に気に入られたのだ、と勝ち誇った気持ちになりました。
必死に整えた髭を、満足感を持って眺めていた私でしたが、次の瞬間、目を疑います。
なんと、せっかく残しておいた鼻の下の髭を、あろうことか、彼本人が剃り落としていたのです。いえ、そもそもそれは付け髭だったのです。
「これは秘密だ」
彼が伝えてくるのがわかり、私は自分が特別な存在なのだと、浮き立ちました。
髭のない彼は、独裁者であることを忘れるような、優しい男性でした。
髭さえなければ、世界は平和だったんだろうか。
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