「良い」英語教師とは ③
引き続き、「『良い』英語教師」論。
全く簡潔に纏まらない本テーマ、しかも前回の投稿から時間がだいぶ空いてしまった…。
ここで何とか完結といきたいところである。
③ 英語教授に関する知識と教養
・「形式・意味・機能」を結びつけるための教授法を豊富に備える教師
'He is supposed to be here!'
高校1年生だった私が海外留学した際、オーストラリア人の同級生と話しているときに彼女が放った言葉に衝撃を受けた。
'be supposed to~' という表現に対する心の動揺は今でも忘れられない。
「なに、その表現…知らんけど!!!」
でも今思えば、驚くべきなのは、その時の自分の思考回路が、いかにも典型的「日本人」的だったことかもしれない。
「うーんと、'is' に 's…..d'(さ…とぅ) ( ←良く聞き取れてなかった(笑) )と言ったよな…。
とすると、'be動詞+過去分詞'だから受け身なんだよな、すると 動詞 's…'なんやらは何て意味?うーん…。
でもとりあえず、'to be'だからこの'to'は不定詞ってことであってる?
うーーーーーーーーん、うーーーーーーーーん…。」
一文一文の構造を、既習事項に当てはめながら考えていた。
言語習得における重要な3要素として「言語形式・意味内容・言語機能」があると言われている。
思い返せば、私が学生時分に受けていた英語教育では、上記の「言語形式」、その中でも特に文法規則に重きが置かれていた。
言語形式としての知識はある程度持ち合わせていた(はず)にも関わらず、留学時コミュニケーションに苦労したのも、コミュニケーションに必要な言語機能の活用や、意味内容の授受が上手く出来ていなかったことが大きいと思う。
そんな留学時、また社会人時代の経験からも、「『生きた』英語を指導する」ことには個人的にこだわっていきたいと考えている。
教科書の英語だけに捉われていてはいけない。
生徒の実生活、また将来的に起こりうる生活に合わせたコンテクストにおいて、的確なメッセージを伝えることに気を配って、指導していきたい。
ただし、意味内容や言語機能を重視しすぎて文法面が疎かになってもいけない。
現在の英語教育はコミュニケーション指向が強くなり、アウトプットに抵抗がない一方で、文法事項に関して知識が曖昧になっている生徒が増えているとも、一部の私立学校で聞いたことがある。
生徒の特性や興味に合わせて上記3要素のバランスを整えることを常に意識しながら、指導を行える教師が「良い」教師だと思う。
そのための前提として、様々な指導技術やアプローチを教師自身の「もの」として使えるようになっておくことが肝要である。
「もの」にするためには、書籍等から学んだり、同僚に相談したりしながらも、結局は「エラーを恐れずにトライしていく」姿勢が一番大切ではないかと考えている。
④ 検定試験で測れる英語能力
・学び続ける姿勢を生徒に見せられる教師
これは、「あなたにとって良い英語教師とは、どのような人物か述べなさい。」という、日大通信のリポートで私が回答した内容である。
見事に不合格をくらったという結果は、前々稿「『良い』英語教師とは ①」で書いた通りだが、それでもやはりこれは「良い」教師の条件だと思わざるを得ない。
学校とは、多くの生徒にとっては家庭以外に最も密接に関わるコミュニティであり、もはや小さな社会とも呼べる。
生徒1人ひとりは、その小さな社会内に共存する人間と影響し合って生きていく。
この社会における「大人」=ほぼ教師となり、その影響力は多大であろう。
きっと生徒たちは、
教師が働く姿を見ながらこれから羽ばたく「社会」を想像し、
教師が発する言葉に「これが大人の言うことなんだ」と反応し、
教師が学ぶ姿勢を「見て学ぶ」のだと思う。
英語教師としては、英語の専門家として常に英語能力を伸長するべきである。
そのために、幾つになっても学び続けるという背中を生徒に見せられるのが、良い英語教師ではないかと考えている。
「生徒に見せられる」のが良い教師としているが、これは敢えてこのように記している。
勿論、あからさまに生徒に「私、英検1級に向けて勉強しています!」などと見せつける必要はない。
英語能力(や英語教授法)について教師が常にアップデート出来ていれば、授業や日々のコミュニケーションを通じてそれは自然と生徒に伝わるはずだと信じている。
さはさりながら、私自身は超が付くほど怠慢人間であり、新年度からの環境の変化を理由にして英語能力の伸長を怠ってしまう自信が大アリである。
(最近は子どもたちの春休みを理由にして、既に怠っている)
ということで、生徒になんとか学び続ける姿勢を見せるために、「来年度中の英検1級取得」を目標に立てた。
ここにも書いたのでもう言い訳は出来ないと自分を追い込み、あとはやるのみである。
自分が考える「良い教師」像に少しでも近づくべく、これから邁進していきたい。
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