M&A 医療法人のスキーム
社団たる医療法人のM&Aスキームにおいて、事業譲渡や合併等以外で法人格自体を承継する場合には、その類型によりスキームを検討する必要があります。
ここでは、医療法人の法人格自体を承継する場合の医療法人の類型におけるスキームを検討します。なお、譲受側が社員の過半数を取得すべきことは、どの類型でも同じです。
医療法人の類型
医療法人には、社団たる医療法人と財団たる医療法人がありますが、存在する医療法人のほとんどが社団たる医療法人であり、M&Aの対象となる医療法人も社団たる医療法人ですので、ここでは社団たる医療法人のみ検討します。また、社団たる医療法人には、いずれも出資持分のない医療法を根拠とする「社会医療法人」、租税特別措置法を根拠とする「特定医療法人」 という特別な類型がありますが、医療法や租税特別措置法が要求する厳格な要件をクリアした医療法人のみがなることのできる類型で、M&Aの対象となることはほとんどありません。
よって、実際のM&Aで対象となる医療法人はほぼ以下の3つの類型です。この3つの類型さえ理解しておけば、医療法人のM&Aにおいてはほぼ100%対応できます。
● 出資持分あり医療法人
社団医療法人であって、その定款に出資持分に関する定め(通常は、
①社員の 退社に伴う出資持分の払戻し、及び、②医療法人の解散に伴う
残余財産の分配に 関する定め)を設けている法人です。平成19年
(2007年)4月1日施行の第五次医療法改正により、出資持分のある医療
法人の新規設立はできなくなりましたが、多くの出資持分あり医療法人
が経過措置型医療法人として存在しています。
社員の退社に伴う出資持分の払戻しや医療法人の解散に伴う残余財産
分配の範囲につき、払込出資額を限度とする旨を定款で定めている出資
額限度法人もあります。
● 持分なし医療法人(基金なし)
社団医療法人であって、その定款に出資持分に関する定めを設けてい
ない法人です。現在、新規に設立される医療法人は、次の基金制度を採
用した医療法人も含めて持分なし医療法人です。
● 持分なし医療法人(基金制度を採用した医療法人)
出資持分のない医療法人の一類型であり、法人の活動の原資となる資
金の調達手段として、定款の定めるところにより、基金の制度を採用し
ている法人です。基金拠出型医療法人ということもあります。
医療法人の組織
医療法人のM&Aスキームを検討するにあたって医療法人の組織・運営を簡単に確認しておきます。
株式会社と比較し、株式会社の株主=医療法人の社員、株式会社の取締役・監査役=医療法人の理事・監事、株式会社の代表取締役=医療法人の理事長と考えるとわかりやすいです。
ただし、出資持分のある医療法人においても、社員の地位は出資持分と結合しておらず、出資持分を全く有しない社員も存在します。これは、株式会社の株主と医療法人の社員の大きな違いです。つまり、出資持分のある医療法人における出資持分者や、基金拠出型医療法人における基金拠出者は、その出資持分や基返還請求権を譲渡したとしても、社員を退任しない限り医療法人の最高意思決定機関である社員総会での議決権は持ち続けるため、出資持分譲渡や基金返還請求権を譲渡しただけでは、医療法人の経営権は移転しません。逆に、社員を入れ替えると出資持分や基金返還請求権の譲渡を受けていなくても、新社員は、社員総会での議決権があり、経営権移転が生じます。
類型ごとのスキーム
上記の通り、医療法人の経営権を移転しようとした場合、「社員と役員を変更する」ことがどの医療法人の類型でも必須になります。その上で、どのようにM&A対価を支払うのかをスキームとしてプラスしていくことになります。なお、1クリニックの事業譲渡などではなく、ここでは医療法人自体の経営権移転のスキームを検討します。
●出資持分あり医療法人
出資持分あり医療法人は、出資持分がありますので、出資持分譲渡の価額にいわゆる営業権もプラスしてM&Aの対価とすることができます。通常の株式会社のM&Aでの株価と退職慰労金支給スキームと同様に、出資持分譲渡額と退職慰労金支給スキームとして組み立ててよいです。
最終契約書は、「出資持分譲渡契約書」として、出資者とその買主が契約当事者になることが一般的です。
なお、出資持分の譲渡スキームとはせずに、認定医療法人制度を活用し、持分なし医療法人へ移行させることもまれにあります。
●持分なし医療法人(基金なし)
出資持分がありませんので、出資持分をM&Aの対価とすることができません。この場合にM&Aの実質的な対価を退職慰労金とその他譲渡側(個人又はその支配する法人)との業務委託契約等による報酬・委託料等とすることがあります。退職慰労金には、損金算入限度額があるため、退職慰労金のみではM&Aの対価として十分ではない場合、税金対策等に、何らかの方法でその対価を支払う方法を検討する必要があるためです。対価の一つの方法として、M&A後の対象医療法人又は譲受側と譲渡側との業務委託契約による報酬・委託料等とすることがあります。
この場合の業務委託契約等については、以下にご留意ください。
・内容に実態があるか(実態がない場合には、当該委託料等について税務当局から否認されるおそれあり)
・金額は適切か(あまりにも高額な場合には、当該委託料等を税務当局、管轄行政庁から否認されるおそれあり)
・委託料等の支払は確実に実施されるか(途中で支払われなくなるリスク、支払期間・方法に留意)
最終契約書は、「経営権の承継に関する契約書」などとして、現在の社員と譲受側が契約当事者になることが一般的です。
●持分なし医療法人(基金制度を採用した医療法人)
基金拠出型医療法人においては、基金拠出者が医療法人に対して有する基金返還請求権を簿価で譲渡するスキームとすることが多いです。ただし、出資持分のように営業権をつけることができませんので、持分なし医療法人(基金なし)と同様に、退職慰労金スキームと業務委託等での委託料としての支払いスキームを検討することになります。
最終契約書は、「基金返還請求権譲渡契約書」として、基金拠出者と基金返還請求権の譲受人が契約当事者となることが一般的です。
なお、基金返還請求権譲渡のスキームとせず、基金返還請求権を放棄したり、基金を返還したりすることにより、代替基金を計上するスキームとすることもあります。基金の返還は、医療法施行規則第30条の38に基づき行う必要がありますので、その要件にご留意ください。