鬱病になってから変わったこと。
どうも、だらほどこです。
以前の記事でもお伝えしたように、私は去年鬱病になりました。
それまでの私はどんな人だったのか、そして鬱病になってからの私のことを
今回は書いていこうと思います。
元々は、仕事に対して情熱も何もなく、ただ趣味の邪魔をしない仕事であればそれでいいと思っていました。
20代半ばでこの仕事を始めてからは、歳を重ねるごとに仕事に対してどんどん熱がこもっていったように感じます。
20代の頃は独身だったこともあり、休日もずっと仕事でした。
それがこの仕事のブラックなところでもあるのですが、私はそれをブラックとも思わず、教員という仕事はそれが当たり前と思っていました。
なので、結婚が決まった時、1度辞めたんです。
器用ではないし、仕事と家庭の両立は私にはできないと思ったから。
しかし、結婚してからも縁があって再び教員をしています。
子どもは可愛い。成長している姿を見るのが好きです。
頑張っている姿を見るだけで感動する。
どこまでも応援したいと思うし、支えたいと思う気持ちはずっとあります。
ただ、今回は違いました。
この思いがうまく届かず、保護者に誤解を与えてしまい、結果鬱病になりました。
社会に出て困らない、愛される子どもになってほしいというのが
毎年の私の願いでした。
そのために、自分が受け持っている子どもたちに対して、いろんなことを伝えてきたつもりです。
愛情を持って接すれば、いつか必ず伝わると信じて。
だけど、それは違うことに気づきました。
その考えが通用するのは、相思相愛でないと無理なことに。
自分の中で、何かが凝り固まっていたんだなと思いました。
「○○しなければならない」「〇〇するべきだ」みたいなものがたっくさんあって、
しかもそれを周りにも要求していたように思います。
自分がこう思っているんだから、みんなもそう思っているはず。
俗に言う「周りに期待している」っていうやつですね。
これがかなりあったと思います。
だから、思っていることと違うと怒りも湧くし悲しくもなる。
感情の起伏は激しかったな〜きっと。
今は、周りにほとんどと言っていいほど期待しなくなりました。
周りは周り、自分は自分。
同じ考えの人なんて、そうそういない。
だけど、だからといってそこに悲しみをもったりしない。
例えば、私はあなたのためにお祝いしたんだから、あなたも私を祝ってね。
のようなこと。
客観的に見ると、押しつけですよね。
見返りをがっつり求めてる。
だけど、本当に祝いたい相手だったらそんなこと考えなくても祝ってくれる。
見返りを求めることって、結局自分1人でそわそわしてワクワクして落ち込んで。
自分の中だけのことです。
相手には、もちろん周りにはそんなこと通じない。
そういうことに期待しない。
自分がしようと思ってやったんだもん。
私はいろんな人に愛されたかったんだなぁと思いました。
たくさんの人に、いつも気にしてもらいたい。
だけど、それって無理!
みんな自分が1番可愛い。
人のことなんて、そんなに考えていられない。
でも。
私は周りのことを考えていたい。
人が喜ぶ顔が見たいから。
だけど、その考えこそほどほどにしておかないと、いつか見返りに変わる。
同じ考えの人もいれば、そうじゃない人もいますよね。
そういう考え方ができるようになったのは、とても大きな変化でした。
書いていて思うけど、本当に私って固い人間だな〜〜
前任校の校長に言われたんです。
「もっと柔軟に考えてごらん」って。
本当、その通り。
私の辞書になかった「柔軟」という言葉。
今の私は、完全にとまではいかないけど、以前よりはいろんなことに対して
柔軟に考えられるようになりました。
時々、固まりが出てくることもあるけど。
人は人。自分は自分。
0が100ではなく、70や60があったっていいじゃない。
その方が柔軟に動けるよって、ようやく気付いたような気がします。
しかし遅すぎないか…
30代半ばで気づくってさ…
でもでも、今が人生で1番若いとき。
1つ言えるのは、20代より30代が楽しいってこと。
歳を重ねることが嫌いじゃない私でよかったと思います。
今回もだらだらと長くなりました。
それでは、また。