キャンプから帰還した娘を見て思うこと
娘が5泊6日のキャンプから帰ってきた。
今回参加したのは、基本的に「野宿」の本格キャンプ。
自分でテントを張ったり、芝生の上に寝転がって、星空を見ながら寝たり、かなりワイルドな体験をしたという。
途中、参加者全員で行う寸劇もあったそうだ。
最も学年の低い娘は大役を務めたらしく、ほぼ出づっぱりだったんだとか。
家での彼女しか知らない親としては、「どこに、そんな積極性が!?」と耳を疑ったが、帰りの車中で劇の内容を事細かに話したり、劇の歌を風呂場でもずっと歌ったりする姿を目の当たりにすると、彼女の満足度の高さや成長ぶりが伺えた。
娘は今夏、南の島のキャンプにも行っている。
こちらは「キャンプ」と言っても、手配された宿に泊まり、その中には観光客相手のリゾートホテルも含まれていた。初めてのスキューバダイビングに、豪勢なディナーと、非常に贅沢な経験をしたようだ。
「どっちが楽しかった?」
両極端なキャンプに参加した娘に問うと、「どっちも。どっちが良いとかはない」という答えが返ってくる。
新しい仲間、見たことのない景色、初めての経験の連続は、どれも彼女の心に深く刻まれたようだ。
正直なところ、どちらのキャンプも安くはない。10歳に満たない子どもとしては、かなりの「贅沢」を味わったと言えるだろう。
ただ、全く趣旨の異なるキャンプに、ほぼ同じタイミングで参加したことが良かったと、私は考えている。
どちらが良い・悪いとかではなく、それぞれのキャンプに新たな出会いがあって、楽しみ方も千差万別。互いの個性を認め合いながら、共同生活を営む――それはきっと、彼女の財産になるはずだから。
我が家には「子育てのポリシー」というほどキチンとしたものは存在しないが、様々な経験を通じて、子どもたち自身で判断軸を養ってもらいたいという思いはある。
何が好き・嫌いか
何が得意・苦手か
どんなものが合う・合わないのか
どんな瞬間を心地よい・気持ち悪いと感じるのか
親の考えと子どもの考えは異なるし、いま「正解」と言われているものが、数十年後も正しいとは限らない。子どもたち自身で自分なりの解釈をして、「自分軸」みたいなものを培えてもらえたら嬉しい。
そのためにも、必要な機会はできる限り提供したいし、「親の務め」と言えば、結局のところ、それくらいしかないようにも思う。
キャンプ帰りから一夜明けた、今日。
非日常の中にいた娘にも、「夏休みの宿題」という現実が迫ってくる。さながら、お盆休み明けの会社員のようだ。
まだ眠そうな目をこすりながら、彼女は私にこう釘をさす。
「パパは(宿題を)チェックしないでね!」
なんだ、我が娘の態度はちっとも変ってないじゃないか――。そう思いつつも、夏の思い出が詰まった宿題を悪戦苦闘しながら仕上げるのだろうな、という想像が膨らみ、なんだか微笑ましい気持ちになった。