ノーパンなんでもバスケット事件
昔から肌が弱い。アトピー体質とかではなく、ただただ普通に弱い。敏感肌っていうやつかもしれない。
現在も、サウナに入りすぎると肌が痛くなったり、山でブヨに刺されただけでものすごい腫れ上がってしまい病院で点滴を打たれたりしたが、これでも大人になってだいぶマシになった方だ。
幼少期は今よりもさらに敏感で、肌の弱さによって日常生活に支障が出ることがままあった。
小学四年生のときのある日、大きくて緑色の柑橘類がたくさん我が家にやってきた。母が知人からもらったのだというそれは「スウィーティ」という果物だった。Sweetieと名付けられた柑橘味の板ガムが昔ロッテから出されていたので、それで知っている人もいるかもしれない。私は昔から珍しい果物や食べ物にすごく興味があった。当時はまだ地方スーパーではほぼ流通していなかったアボカドやマンゴスチンがどうしても食べてみたくて、親に駄々を捏ねて取り寄せてもらったりしていたほどだったので、この日は未知の果物の登場にとてもワクワクした。
私の顔くらいはありそうな、まるまると大きいスウィーティ。母が包丁を入れた瞬間、甘くさわやかな香りが周囲に広がる。私は母の後ろにぴったりとくっついてまな板を見つめる。蜜柑やグレープフルーツよりはずっと皮が分厚いように見える。皮がというか、皮の下の白くふわふわした部分がとても分厚く、文旦とかに近いかもしれない。母が一房ずつカットして食卓に出してくれたので、それを家族みんなで食べた。
結論から言うとそこまで特徴的な味ではなかった。スウィーティという名前の割には甘〜い!というほどでもない、グレープフルーツより少し甘いかなくらいで、まあ普通に美味しかった。こういうのは未知のものを口にいれるあの瞬間がクライマックスなので、まあまあまあこんなもんですねという偉そうな感想を持って、私は数房を食べてすぐ満足した。
食事を終えテレビを見ながらダラダラしていると、母がお風呂見てごらん!と声をかけてきた。風呂場に行ってみると、湯船にさっき食べたスウィーティの皮がたくさん浮かんでいる。母は分厚くて立派な皮がもったいないと思ったのか、みかん風呂の要領で風呂に入れてみたらしかった。小学生の頃の私はテレビ番組『伊東家の食卓』に出てくる裏ワザを全て暗記するような、「おばあちゃんの生活の知恵」みたいなものがなぜか大好きな子どもだったので、食べるだけじゃなくてこんな使い方があるのか!と思い、スウィーティの可能性に再度ワクワクしてきた。
急いで服を脱いで湯船に飛び込むと、そこら中にさっきの甘酸っぱい香りが広がっている。湯船に浮いているスウィーティの皮をつついたり潰したりすると、より香りが強くなった。一緒に入っていた父はそこまで興味がないようで先に風呂を出てしまったが、楽しくなった私はいつもより長湯をした。
異変は、風呂から上がって体を拭いているときに起こった。
まんこが痛い。猛烈に痛い。
下半身とか女性器とか、なんて書いていいかちょっと迷ったけど、当時の私からするとまんこはまんこ以外の何者でもなかったため、当時の私の言葉をそのまま使わせていただく。
祖父が住んでいた熱海は塩分濃度の高い温泉が有名で、泉質によっては同様に局部や乳首だけが痛むことがあったが、熱海温泉は入ってすぐに違和感を感じることが多かったので、痛みを感じた瞬間にすぐ風呂を出ていた。スウィーティ風呂の刺激は私にとって遅効性だったらしく、うっかり長湯をしてしまった。ただ、同じ風呂に入った父も母も姉も全く問題なかったので、私が極端に肌が弱いことが問題なのであり、スウィーティに罪がないことは強くお伝えしておきたい。
私の体は粘膜や皮膚が薄いところが尚更弱くできているようで、今回も表皮というより内側の粘膜部分がとくに痛い。
体を拭いている間にもどんどん痛くなってきて、耐えきれず裸のまま母がいるリビングに走ったが、走ったときの風が刺激となって痛むほどだった。ちょっと涙が出てきた。
痛いよ〜〜痛いよ〜〜〜と助けを求めると、母はあわてて救急箱をひっくり返し、塗り薬を手渡してくれた。前屈みになって、そーーーっと局部に塗ってみたが、指が触れた瞬間にギャッ!!と叫んで仰け反ってしまうほどに痛かった。だけど一刻も早くこの痛みをなんとかしたい。そーっと塗っては悲鳴を上げ、そーっと塗ってはのたうち回る。悶えながら時計の針のように床をくるくる回り続ける私の様子を見て、母は笑いを堪えながら一応心配そうにし、父と姉はゲラゲラ笑っていた。
苦労の末になんとか薬を塗ることに成功したが、少しでも動くと摩擦で痛い。できるだけ局部に刺激を与えないよう、素っ裸で足を肩幅に開き、涙ぐみながらリビングで仁王立ちしているほかなかった。そんな私を見て母はさすがに「パンツ履きなさいよ」と言ったけど、パンツなんてとんでもない。今あんなものを履いたら局部が圧迫され、歩くたびに擦れて痛いに決まっている。とりあえずこの日は、股下にゆとりがあるパジャマをノーパンのまま着て、そろりそろりと移動してなんとか眠りについた。
次の日の朝。幾分か痛みはマシになり、歩けないほどではなくなったが、まだパンツは履けそうになかった。
「どうしよう、パンツ履けないよ。パンツ履かないと学校に行けない」とべそをかく私に、絶対に学校を休ませない方針の母は、「ズボン履いたらパンツなくてもわからないよ。学校行けるよ」としれっと答える。母はそれでいいかもしれないけど、私は股が痛い上にノーパンで学校に行くなんて絶対に嫌だった。「いつものジーパン履いたらお股のところがキュッてしてるからパンツ履いてるのと一緒だもん、絶対に痛いもん」と反論するも、母は少し考えたあと、「前に買ったオーバーオールを着たらいいじゃん。あれは股下がゆったりしてるから、昨日のパジャマと同じでしょ。行きなさい」と言った。この頃の私は割と真面目でおとなしい子どもだったので、それ以上言い返すことができなくなり、言われた通りオーバーオールを着てしぶしぶ学校へ行くことにした。もちろんノーパンである。
爆弾を抱えているような気分で登校したが、意外と午前中は問題なく過ぎた。この日は体育の授業がなかったし、元々席で大人しくしているほうの生徒だったのが功を奏して、友達に怪しまれることもなかった。ひょんなことで誰かにバレてしまうかもしれないとヒヤヒヤしていたものの、今日一日をなんとかやり過ごせるかもしれないという希望が湧いてきた。
午後にクラス全員でレクリエーションをする時間になり、ハンカチ落としの後に『なんでもバスケット』をやろう、ということになった。これはフルーツバスケットという遊びがベースになっていて、フルーツのかわりに自由な条件を当てはめることができる。参加者よりも一つ少ない数の椅子を用意し、最初に鬼となった人が、「名前に『あ』が付く人」とか「眼鏡をかけている人」など、その場にいる数名が当てはまりそうなお題を出す。当てはまった人は席を移動しなければならず、椅子に座れなかった人が次の鬼になる、というのを続けていくゲームだ。
ゲームは淡々と進み、次はクラスきってのお調子者・杉元くんが鬼になった。
彼はニヤニヤしながらこう言った。
「じゃあ次は……パンツ履いてない人ぉ〜!」
期待を裏切らない彼の発言に、みんながドッと笑う。
「そんなやついるわけねえだろ〜!」と楽しそうな野次が飛び交う中、まさか今日に限って「そんなやつ」だった私は、杉元くんのせいでとんでもない窮地に立たされていた。
今ここで立ち上がらなければ、嘘をついたことになってしまう。でも席を立ったら、一日中パンツ履いてなかったのがみんなにバレる。嫌だ。なんで履いてないの?と言われても「かくかくしかじかでまんこが痛いから」なんて言えない。でも嘘をつくのはいけないことだ。どうしよう。どうしよう。どうしよう。……
もし今の私が同じ状況になったら、顔色一つ変えずに席に座ったままやり過ごせるだろうが、この頃の私は変な純粋さがあって、嘘をつくのは絶対にいけないことだと心から思っていた。顔面蒼白になりながら両手をギュッと握り締め、下を向いてブルブル震えながら煩悶していると、杉元くんが「やっぱいないよな〜!じゃあ、1月生まれの人〜」と言った。ひとしきり笑って満足したみんなも、無難なお題にはいはいという様子で適応し、「パンツ履いていない人」というお題は完全に流れていった。
無事に学校は終わったが、私は絶望の淵にいた。
嘘をついてしまった。どうしよう。神さまに怒られるかもしれない。おそろしい天罰が下るのかもしれない。神さまごめんなさいごめんなさい、悪気はなかったんです、あの時はどうしようもなかったんですと心の中で唱えてみるが、それがちゃんと神さまに届いているかどうかは自信がなかった。
家に帰って、泣きそうになりながら母に報告したところ、なんと大爆笑された。なんで笑うの!と本気で怒ったが、母は笑いすぎて喋ることすらままならなくなっており、ヒィヒィ言いながら「バレなくてよかったねぇ」とだけ言ってこの話は終わった。
股の痛みはその次の日にはほとんど治っており、私は再びパンツを履けるようになり、普通の日常が戻ってきた。
この事件から数ヶ月後に家庭訪問があった。小学生時代の私はとても成績が良かったので、家庭訪問や三者面談などは基本的に褒められてすぐ終わる場だった。それで時間が余ったせいなのか、母はあの日の『ノーパンなんでもバスケット事件』をすべて担任の先生にバラした。先生も笑いすぎて呼吸がままならなくなったらしい。
必死で隠しとおした秘密をバラされ、もちろん幼い私は深く傷ついたのだけど、同時にあの日、嘘をついたことの天罰かもしれないと思った。
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