自戒を込めて。#ヤッチャの学校

先月まで日南で行われていたヤッチャの学校のプログラムには5名の学生さんが参加し、1ヶ月の集団生活の中でいろんな経験していたようで。
1度だけお会いしていたのだけどそれの次は機会が合わず、結局オリエン動画と卒業発表だけ我儘を申して拝聴。

そこで学生さんの発表を聞いていて3つほど感じたこと。

○ ”見栄え”しなくても大丈夫

オフラインよりオンラインが主流になって、SNSでは綺麗な写真や、いい感じの風景や、楽しそうなキラキラが目に余るほど入ってくる世界になった。その一方でどん底やしんどさも沢山発信されて、光も影も共感次第で1つの大きな「声」となる。その声が最近怖いなーと感じていて。
光や影を伝えることも大事だけど、両端を知った上で、自分がどの言葉を持っているのかはっきりしていればいいなーと。

○ 速くは無いけど責任を持った言葉を話せたらいいな

オンラインは顔かテキストしか見えないし、有限である。オフラインは無限では無いけど肌で感じる情報が多い。

私はよく黙る。考えている時も黙るし、考えていない時も黙る。周りが賑やかでも自分が考えたい時は特に会話に加わらないが、雰囲気は楽しむ。
黙るというよりも会話が無くてもある程度大丈夫な人間なのだけれど。
でも話す時はめっちゃ話す。うるさいくらいに。でもその言葉に対して嘘はない。

なんというか、黙食とかとは違うやつ。
明確な答えがなくても大丈夫な雰囲気の中で。

○ マイペースと向き合おう

当たり前にあることばなのだけれど、マイペースって他人とか周囲のペースや環境設定があるから生まれる言葉で。自分ひとりしかいなければマイペースはそもそも存在せずただ時間と動きがあるだけ。

ついで言えばマイペースは外的要因の中で自分のリズムを維持したり作り出すための一種のゲームとしても捉えられるかもしれない。それで他人に迷惑をかけることもあるかもしれないけど、迷惑だけかけるのであればそれはマイペースでは無いと思っている。

これらの3点は自分への言葉としても今すごくしっくりきている。
思い当たる節があるからそう思ったんだろう。


そして最後にヤッチャの学校に参加した学生さん。

まずは宮崎に1ヶ月滞在してくださってありがとうございました。
ほぼ接点無いのに知ったような口ぶりなのはよろしく無いとは思っているのですが、企画している方々を少し知っているのできっと充実したプログラムだったと考えています。

ヤッチャの学校でたくさん動いてたくさん考えてたくさん発信した1ヶ月だったと思います。お疲れ様でした。

次の学年に上がる方、社会人になる方等いらっしゃると思います。
またあっという間に日が過ぎてしまうと思いますけど、ヤッチャの経験値は脳みそに薬箱作っていつでも引き出せる状態にしつつ寝かせとくのはいかがでしょうか?


-追伸-
学長のきょーすけさんはじめヤッチャの学校の運営関係者の皆様お疲れ様でした!
外野から毎度フラッと失礼しております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?