臨床検査の『基準範囲』の真実〜その1
臨床検査の『基準範囲』について、これから何回かに分けて説明していきます。
この記事を読んでいるあなたも、学校や会社の健診や、病院などで一度は血液検査を受けたことがあるはずです。最近では多くの病院で検査結果をプリントアウトして患者さんに渡していますが、その結果用紙に「基準範囲」と書かれた欄があるのは、誰でもお分かりになると思います。
そして、この『基準範囲』に一喜一憂される方も多いはず。
ご自身の結果が基準範囲からちょっと外れていると不安になってしまったり、病院で渡されたものと、ネットや書籍に記載のあるものと違っていたりして、
「どうして?」
「こっちは範囲内なのに、こっちだと外れてしまうけど、一体自分は正常なの?」
など、疑問に思ったり悩まれる方もいらっしゃるかもしれません。
実際に医療の現場で
「先生が説明してくれないんで、なんだか良くわからないんです・・・」
と、我々臨床検査技師がいる検査室の窓口に尋ねて来られる患者さんも多いのです。
本来なら医師の説明義務があるのですが、医師はパッと今までのデータの推移を見て変化がなければ「お変わりありませんね。」と、いつも通りの薬を処方するなどで診察を終えます。
患者さんもその場で結果の紙だけ渡され「変わりない」という医師からの言葉を聞いて、なんとなく質問せずに診察室を出た後、改めて結果用紙を見て「ん??」と首を傾げて検査室に尋ねに来たり。
いつも当日に結果が出ない項目があって「いつもここが空欄のままで、結果を見たことないんですけど、どうなっているんでしょう?」と聞かれたり。
実は、直接すぐに聞きに来てくださる方はごく少数です。
大抵はネット検索や本屋さんの立ち読み、メディアの報道などで情報を得ていて、時に間違った解釈をして思い込みが強くなっている方もいらっしゃいます。
何かのおりに検査室にいらっしゃった時にご説明しても
「そんなはずはない!ネットにはこう書いてあった!」
「テレビでこう言ってた!」
と、メディア等の洗脳にかかっていて話がこじれてしまうというケースも実は少なくなかったりするのです。
これは検査の『基準範囲』に限ったことではなく、薬剤部や診察室など、様々な場所で起きている現象であり、大学病院にいた頃から憂慮すべきことだと考えておりました。
以前から臨床検査について発信したいな、と考えていたのも、その状況をずっと見てきたことがきっかけの一つです。
少し難しい話になるのですが、なるべくお読みいただいている方々に伝わりやすいよう、噛み砕いて『基準範囲』についてのお話をさせていただきたいと思います。
『正常範囲』という言葉、覚えていますか?
今となっては『基準範囲』という言葉が主流となりましたが、少し前までは違う言葉を使っていたことを、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか?
昔は『正常値』『正常範囲』と言っていました。
この『正常値』『正常範囲』という言葉で表現すると、一般の方に間違った印象を与えたり、誤解を招くことが問題とされたことから、今の『基準範囲』という言葉が使われるようになりました。
年々、疾患の診断・治療だけでなく、健診や人間ドックなど『予防医療』が広く行われるようになり、一般の方も臨床検査の結果に大きな関心を持つようになったことが背景にあるのだと思います。
『正常値』『正常範囲』と聞くと・・・
さて、『基準範囲』という言葉に変わってから久しいのですが、やはりその範囲に自分自身の検査結果が入っているかどうか、気になるところですよね。
特に『正常値』『正常範囲』という言葉を使うと、自分自身の検査結果が正常値・正常範囲から少しでも外れてしまうと
『異常だ!』『病気なんだ!』と考えて不安になったりします。
また、逆に自分自身の検査結果が『正常値』『正常範囲内』に入っていると
『正常だから大丈夫!』『自分は健康なんだ!』と安心してしまいます。
実は、臨床検査の結果の解釈や判読というものは「基準範囲(正常範囲)に入っているからOK」というような単純なものではありません。
特に、健診や人間ドックなどの結果の判読では、あらかじめ症状や疾患がわかっている患者さんと違い、自覚症状がなく健康に見える方の中から隠れた疾患がないか探していかなければならないため、かなり専門的な知識も必要となっていくのです。
『正常範囲内』=『健康』という認識が一般に浸透してしまうと、ほんの少し体調の違和感を感じていたとしても、「健診で『正常範囲』内だったから大丈夫!」と放置してしまい、潜んでいた疾患に気がつかずに進行させてしまうことになりかねません。
また『正常範囲外』=『病気』という認識になると、少しでも外れた場合に強い不安や恐れを感じて精神的に不安定になってしまったり、病院をハシゴしたり・・・といったことが起こることもあります。
そして『正常値』『正常範囲』という言葉が、実は臨床の現場でも混乱を招く傾向にありました。臨床医は我々臨床検査技師のように臨床検査に精通しているわけではありませんので、「『正常値』『正常範囲』という物差し」に対する様々な捉え方の違いからくる混乱が、臨床の現場でも少なからず起きていたようです。
そういったことから、臨床検査の専門家たちの間では以前から世界的に議論がなされていて、『正常値』『正常範囲』→『基準範囲』という言葉へと変えていく流れになっていきました。
『基準範囲』とは何か?を正しく定義する
『基準範囲』の決め方を明確にする
『基準範囲』を正しく使っていく
この3つに対する努力が世界中で行われた結果、ガイドラインも出され、今では世界的に『基準範囲』という言葉と考え方が普及しています。